表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第4話:天衣無縫サマー
74/212

通い慣れた場所

 やたらと入り組んだ造形で、木材をアクセントにして、テラスらしき洒落た空間もあって、大きなぴかぴかの窓ガラスの向こうには、純白のレースカーテン。例えるなら、高層マンション最上階で満足している芸能人が、匠の粋な計らいに対して、精一杯リアクションをさせられる家構えをしている。


 雁木造りの寂しいストリートから一つ路地に入ると、颯理の家がある。古めかしい建物が、倉庫の段ボールのように整列している住宅街で、ありがたいことにひときわ異彩を放っていて、迷わなくて済む。それにしても最近は、私情に忙殺されていたので、こうして颯理の家を訪ねるのも久しぶりだ。


 私が来る時は、基本的に鍵がかかっていない。私と颯理、というより私と笹川家はそれくらいの関係である。一緒に練習していた颯理に比べて、私はいつになっても自転車に乗れるようにならず、毎日泣き疲れていた記憶が一番古いだろうか。


 いつものようにドアを開けると、そこには既視感のある少女がいた。そこはかとなく現れる服装の傾向や、大きなリボンから、五月雨祭の時に、私がうっかり殺害予告をしちゃった神宮寺 嘉琳と等価だと判断できた。


「あの節は、誠にすいませんでした!」

「……って、うおおおおおお!?まずい、なりふり構ってられない。精霊の代議士ルイーザ・フォン・エーレンフェストの名において、クォーク、フォトン、ニュートリノに命ずる。神々が彫琢した晦渋の理論に倣い、脈々と記憶される絶対の順列を開始せよ。全ては鉄に収束する!スーパーノヴァ!」


 口をアメーバにしていたのも束の間、嘉琳は両手を振り上げて、私にスーパーノヴァを放った。しかし、匠の粋な計らいが埋まっているからか、笹川家の邸宅はスーパーノヴァにも耐えて見せた。


「ぐわー、やられたー。で、いいの?」

「ちょっと嘉琳さん!人の家でスーパーノヴァを撃たないでくださいっ!」


 颯理が埃を被った箱を抱えて、階段から下りてきた。ついでに、気迫のこもったの決め台詞が聞こえたからか、居間から金髪少女も出てきた。あの子が、噂の天才ドラマーかな。


「だって、この人、この人に一度、してやられたことがあるから!」

「そうなの?」

「えっと……、別に痛めつけたとか、そういうことはしてないけど。少しご挨拶を交わしたことがあって」

「颯理ー、騙されたらダメだよーっ。あいつ、私をぼこぼこにしてきたーっ!悪者ーっ」


 しょうがないので、指パッチンと同時にスーパーノヴァをお返ししておいた。嘉琳は騒ぎながら、両腕で顔を覆った。


「反射律は私を護り給う」

「うわああああ」

「何してるんですか……。小川も、こんな茶番に付き合わないでくださいよ」

「楽しそうなことしてますね!今度は私が相手です!スーパーノヴァが寒の地獄温泉に思えてきますよ!」

「なんで出てきた、天稲ちゃん」

「私も一人前のドラマーなので、スティックは肌身離さず持ち歩いてるんです!前々から叩き心地が良さそうなので、目をつけてたんですよね!嘉琳さん!」

「やめっ、ちょっ、つつくなーっ」


「あの、とりあえず上がっていいよ。小川」


 乳繰り合っている二人を横目に、私は居間に入り、颯理母に手土産のラスクを渡した。そう言えばこの間も、東京のお土産を渡したばかりで、向こうが要らない遠慮をしてくる。今日一日、寝床も食事も提供してもらうのに、その上野菜なんて貰ったら、どう考えても不釣り合いだし、何よりこうやって頭を前後に揺り動かすのが面倒で仕方ない。


 さて、目の下にクマがないと不釣り合いなぐらい疲弊した嘉琳と、今にも飛び跳ねそうな天稲が帰ってきたところで、机を囲んで自己紹介が始まった。


「初めまして、私は火焚 小川。みんなの名前は颯理から聞いているし、あと私のことは下の名前で気軽に呼んでもらって構わないからね。というか、そう呼んでくれないと、色々面倒だから……」


 こう、一方通行の自己紹介をすると、いつも狼狽される。しかし、聞いていた通りの変わり者たちで、嘉琳は険しい表情で私を値踏みしようとしているし、天稲はスティック回しに熱中しているし、時雨は王の貫禄を垂れ流している……わけではなく、マッサージチェアの虜になっている。


「何か来た……誰やお前っ」

「今名乗ったでしょ」

「あーそのっ、この人は、全然悪い人じゃなくて。何か、バンドメンバーでお泊り会やるって話をしたら、自分も行きたいって言いだして……、事前に言わなくてごめんなさい!本当に来るとは思ってなかったから」

「いやー、憧れだったんだよ、お泊り会ってものが」

「昔は、ちょくちょく泊まりに来てたじゃん」

「そういうことじゃなくて。もっと大人数でわいわいしたかったの。でも颯理の力を借りないと、実現できそうに無かったからさ……」


「まっ、気が合いそうだし、私は構わない、というか歓迎歓迎」

「どうせ死ぬ時は一人ですから!いいですよ!」


 寛大なご配慮に頭が上がらない。颯理が信頼しているだけあるとも思った。一方、仲間想いの一同は、一斉に後ろを向いた。


「時雨も平気?」

「ああああああ、ざいこぉー……」

「私も体感してみたいので、どいてください!」

「はぁーーーーっ??ぜぇーったい譲らない、ここは私が居るべき場所。お前は無間地獄がお似合いじゃいっ!」


 時雨は清楚な見た目とは裏腹に、とんでもなくざらついた声で威嚇した。よほどマッサージチェアが気に入ったと見受けられる。そう言えば、もう何度も見ているけど、結局遠慮して一度も座ったことがない。やはり、世間体はさっさとかなぐり捨てたほうがいいのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ