通い慣れた場所
やたらと入り組んだ造形で、木材をアクセントにして、テラスらしき洒落た空間もあって、大きなぴかぴかの窓ガラスの向こうには、純白のレースカーテン。例えるなら、高層マンション最上階で満足している芸能人が、匠の粋な計らいに対して、精一杯リアクションをさせられる家構えをしている。
雁木造りの寂しいストリートから一つ路地に入ると、颯理の家がある。古めかしい建物が、倉庫の段ボールのように整列している住宅街で、ありがたいことにひときわ異彩を放っていて、迷わなくて済む。それにしても最近は、私情に忙殺されていたので、こうして颯理の家を訪ねるのも久しぶりだ。
私が来る時は、基本的に鍵がかかっていない。私と颯理、というより私と笹川家はそれくらいの関係である。一緒に練習していた颯理に比べて、私はいつになっても自転車に乗れるようにならず、毎日泣き疲れていた記憶が一番古いだろうか。
いつものようにドアを開けると、そこには既視感のある少女がいた。そこはかとなく現れる服装の傾向や、大きなリボンから、五月雨祭の時に、私がうっかり殺害予告をしちゃった神宮寺 嘉琳と等価だと判断できた。
「あの節は、誠にすいませんでした!」
「……って、うおおおおおお!?まずい、なりふり構ってられない。精霊の代議士ルイーザ・フォン・エーレンフェストの名において、クォーク、フォトン、ニュートリノに命ずる。神々が彫琢した晦渋の理論に倣い、脈々と記憶される絶対の順列を開始せよ。全ては鉄に収束する!スーパーノヴァ!」
口をアメーバにしていたのも束の間、嘉琳は両手を振り上げて、私にスーパーノヴァを放った。しかし、匠の粋な計らいが埋まっているからか、笹川家の邸宅はスーパーノヴァにも耐えて見せた。
「ぐわー、やられたー。で、いいの?」
「ちょっと嘉琳さん!人の家でスーパーノヴァを撃たないでくださいっ!」
颯理が埃を被った箱を抱えて、階段から下りてきた。ついでに、気迫のこもったの決め台詞が聞こえたからか、居間から金髪少女も出てきた。あの子が、噂の天才ドラマーかな。
「だって、この人、この人に一度、してやられたことがあるから!」
「そうなの?」
「えっと……、別に痛めつけたとか、そういうことはしてないけど。少しご挨拶を交わしたことがあって」
「颯理ー、騙されたらダメだよーっ。あいつ、私をぼこぼこにしてきたーっ!悪者ーっ」
しょうがないので、指パッチンと同時にスーパーノヴァをお返ししておいた。嘉琳は騒ぎながら、両腕で顔を覆った。
「反射律は私を護り給う」
「うわああああ」
「何してるんですか……。小川も、こんな茶番に付き合わないでくださいよ」
「楽しそうなことしてますね!今度は私が相手です!スーパーノヴァが寒の地獄温泉に思えてきますよ!」
「なんで出てきた、天稲ちゃん」
「私も一人前のドラマーなので、スティックは肌身離さず持ち歩いてるんです!前々から叩き心地が良さそうなので、目をつけてたんですよね!嘉琳さん!」
「やめっ、ちょっ、つつくなーっ」
「あの、とりあえず上がっていいよ。小川」
乳繰り合っている二人を横目に、私は居間に入り、颯理母に手土産のラスクを渡した。そう言えばこの間も、東京のお土産を渡したばかりで、向こうが要らない遠慮をしてくる。今日一日、寝床も食事も提供してもらうのに、その上野菜なんて貰ったら、どう考えても不釣り合いだし、何よりこうやって頭を前後に揺り動かすのが面倒で仕方ない。
さて、目の下にクマがないと不釣り合いなぐらい疲弊した嘉琳と、今にも飛び跳ねそうな天稲が帰ってきたところで、机を囲んで自己紹介が始まった。
「初めまして、私は火焚 小川。みんなの名前は颯理から聞いているし、あと私のことは下の名前で気軽に呼んでもらって構わないからね。というか、そう呼んでくれないと、色々面倒だから……」
こう、一方通行の自己紹介をすると、いつも狼狽される。しかし、聞いていた通りの変わり者たちで、嘉琳は険しい表情で私を値踏みしようとしているし、天稲はスティック回しに熱中しているし、時雨は王の貫禄を垂れ流している……わけではなく、マッサージチェアの虜になっている。
「何か来た……誰やお前っ」
「今名乗ったでしょ」
「あーそのっ、この人は、全然悪い人じゃなくて。何か、バンドメンバーでお泊り会やるって話をしたら、自分も行きたいって言いだして……、事前に言わなくてごめんなさい!本当に来るとは思ってなかったから」
「いやー、憧れだったんだよ、お泊り会ってものが」
「昔は、ちょくちょく泊まりに来てたじゃん」
「そういうことじゃなくて。もっと大人数でわいわいしたかったの。でも颯理の力を借りないと、実現できそうに無かったからさ……」
「まっ、気が合いそうだし、私は構わない、というか歓迎歓迎」
「どうせ死ぬ時は一人ですから!いいですよ!」
寛大なご配慮に頭が上がらない。颯理が信頼しているだけあるとも思った。一方、仲間想いの一同は、一斉に後ろを向いた。
「時雨も平気?」
「ああああああ、ざいこぉー……」
「私も体感してみたいので、どいてください!」
「はぁーーーーっ??ぜぇーったい譲らない、ここは私が居るべき場所。お前は無間地獄がお似合いじゃいっ!」
時雨は清楚な見た目とは裏腹に、とんでもなくざらついた声で威嚇した。よほどマッサージチェアが気に入ったと見受けられる。そう言えば、もう何度も見ているけど、結局遠慮して一度も座ったことがない。やはり、世間体はさっさとかなぐり捨てたほうがいいのだろうか。




