くるくるー
私は自分が軽音楽部なんだぞ、ということを周囲に知らしめながら嘉琳を探した。今朝は海面を10 cm上昇させられるぐらい泣きたいことに、孤独に登校させられたから、カーディガンを返せなかったのだ。早歩きで廊下を歩いていると、割とすぐに見つかった。
「はい、ゆきから託されたので」
「まっまさか、私が……」
「それにしても全く、最近の若いもんは、日本語の使い方がなってない。敷居が高いの敷居はハードルとは別物だし、確信犯は正義を信じる犯人って意味だし、敬意は空回りするし、IT用語は外来語とアルファベットスープだし。はーあ、何より老婆心に、耳を傾けようともしない。これじゃあ、私たちが大人になる頃には、日本が滅んで当然さぁー」
「えっ、そこまで来て、年齢据え置きなのかよ」
どうせ「体育の時間に私の服を、ひっそりこっそりどっさりかっさらったんじゃないでしょうね!」とか言うんだろうと思って、きちんと用意しておいた。やはりこの名君たるわたくし時雨、三国志の世界に転生しても生きていける気がする。
「でも私は不安だよ?道中、我慢できなくなって、鼻水とよだれを垂らしながら、鼻をこすりつけてるんじゃないかーって」
「本気でそう思ってるの?」
嘉琳はカーディガンに軽く鼻をうずめた。
「こんなにいいにおいがするし、二倍増しでふわふわだし、そりゃあ、そういう欲に負けても、 “時雨なら” おかしくないなーって」
「ずっとリュックに入れてたから、わざわざ取り出すほどかと言われたら……」
「ふふーん、莞日夏ちゃんとか吸ってそうなのにねぇ」
嘉琳は自力でボスの攻略法がわかった時の顔をしている。私は嘉琳の周りを回りまわった。
「まっさかぁー、そーんなわけないでしょーっ」
「何となく、そういう愛情表現をしてそうだと思ったんだけど……。というか、後ろにカブトムシ背負ってるの、わかっててやってる!?」
「カブトムシじゃないーっ!」
「じゃあ何だ、スレッジハンマーか?」
「私のスラップベースに震えて踊れ!いいな!」
これ以上、見知らぬ人に障害物扱いされるのも申し訳ないので、さっさとこれだけ言い放って部活に向かうことにした。
「あっそうだ、部活終わったら、校舎の入口のところで待っててよ」
「また辛気臭い話でもするのー?もう散々だよー」
「いや、何か食べて帰らない?私、やっぱりそういうのに憧憬があって」
「何か今更じゃね」
「目的がないのがいいんじゃーん。待ってなかったら、絶交だからね」
「おっっっっも、マジか……」
いくら傍若無人な私でも、友達を一人失うのは惜しいと学んだので、適当に爪弾いたら校門の前で嘉琳を待ってあげた。




