Peaceful Distance
ここまで豪勢だと、人の家に上がっているという実感がかえって持てず、覚悟していたより緊張しない。
「すごい、ミヤコワスレの次に座り心地がいい……」
「ミヤコワスレ?」
「あー、白高の近くにある喫茶店。友達がマスターと知り合いだから、色々よくしてもらってるの」
時雨は天井からぶら下がっている照明を眺めながら、椅子にあさーく座っていた。ふと私のほうに視線を動かす。私が別の意味であさーく座っているのを、諭すように。
「んーっ、今日はよく歩いたなぁ」
「そうでもなくない……?結局、移動は全部バスとか電車とかだし」
「強がってるけど、まだ完全に復活したわけじゃないでしょ。見逃してないからね、老夫婦と目が合っちゃって、私の腕を掴もうとしたけど、逆に注目を集めちゃうから、挙動不審になってたの」
「どっどうして、そんなところ見てるのっ」
「どうして見られてないと思ったの?」
どんなことがあっても、どんなに棘を零しても、時雨はきっと最高の親友でいてくれる。でも、そのまま届けるのは劇薬なので、こうして人をあざける顔を噛ませているのだろう。
「それより、食べないのー?」
皿の上に積まれたお菓子を指さして、時雨はそう言った。
「時雨ちゃんが全部食べていいよ」
「あの、私ってそんなに健啖家に思われてた?」
「わかんない、美味しいものには目がない印象だったけど……」
「それは合ってるけど、まあまあ小食だからね。昼ご飯で腹が膨れて、一向にしぼまない」
「そうなんだ。……太らないかな」
「そういうのを気にせずに、脂っこいものとか好きなものを、好きなだけ食べられるのは今だけって、年上の人はみんな言うし、食べちゃえ食べちゃえ。何なら平らげちゃったら?」
欲望を抑えられず、私はマドレーヌに手を伸ばした。……チョコ味も食べたい、タガが外れてしまった。しかも時雨は、私が正気に戻らないよう、興味が無いふりをして、スマホを弄り始めた。
こんなお宝が眠っているとは、ついこの間までの私は知らなかった。……知っていても、自分には釣り合わないものだと思ってた。けれど近付いた今なら、私はこれを手にするために頑張っていたんだと、胸を張れる。かっこつけるためでも、将来のためでもなかったんだと、そう確信して、もう一つ、次はブラウニーに手を付けた。




