Snow's Hope
古より村を悩ませ続けた龍神を、たった一人の英雄が見事に封じ込めた、みたいな伝承は探せばいくらでも出てくるだろうけど、私はまるでその龍神だった。そして、時雨は英雄だった。
時雨は私に「部屋から出ないで」と告げた。もちろん、私を納得させるのに足る言い方だった。外は危険に溢れていると、私自身がそう解釈したがっているのだから、それに寄り添ってくれた。
時雨は次に「処方箋を飲むな」と告げた。当たり前のことだ。私は一度、オーバードーズして多方面に迷惑をかけたのだから。でも聞き分けの悪い私は、一度時雨に背いた。処方箋だから、と盾突いた。でも、正義は向こうにあった。私はいつも愚かなので、それに感化されるまで時間がかかった。また時雨を傷つけてしまった。
私のにおいしかしない、湿った暗い部屋で、私は反省した。どうしたら時雨が笑顔になってくれるのかを、半分眠った頭でとことん考えた。たまにはいいけど、いつも苛立たせたり、苦悩させたりする関係は、もはや友達ではないはずだから。時雨と友達になりたい。その一心は、中途半端に白紙にした。
時雨は「勉強をするな」と告げた。彼女はノートと筆記用具、教科書などを取り上げた。ついでに、私のTwitterのアカウントも見つけたようで、それを見た時雨はスマホも取り上げた。私の部屋は随分寂しくなった。けれど思い詰めることは増え、満たされている時に似た感触があった。
そしてさらに数日が経った。時雨は私の元に来てくれなくなった。退屈ならどれだけ良かったか。私はこの時間にも変に意味を見出そうとしていた。
この間、私の頭の中では、様々な説が無秩序に飛び交っていた。あきれて見捨てたという説、まだ私を試しているだけという説、自分から縁を断ち切りに行くべきという説、結局どれにも信頼を置けなかった。
璃宙にも相談できない。別れる前に、時雨とあまり話さないよう言われていたから。八方塞がりで、この世から消えてしまいたいとも思ったけど、一抹の希望があるから動き出せなかった。……その希望、隠していて良かったかもしれない。世界で一番きれいなゴスペルが聞こえた気がした。




