張り付くカーディガン
雨も、湿った空気も、鳥も、コンクリートも、雨を誰にも遮ってもらえない大木も、駅の盲導鈴も、取引先へ水音を立てながら小走りするサラリーマンも、ジャージ姿で昼からギャンブル狂いの不良も、ミヤコワスレのように息を潜めて生きる女子高生も、この雨の中そこのコンビニで買ったアイスをかじる高校生集団も、全てが私には冷たく感じるようになっていた。全部、私に立ちはだかる試練、いつ何時とげを飛ばすかわからない。
やっぱり時雨は輝いていた。私からでは、点にも見えないような場所にいた。今や、璃宙も莞日夏も物理的に点にも見えない。だから靭帯が引きちぎれても、そんな遥か遠くの時雨を追いかけなければ、という生存本能に駆られて、私は7月にして、初めて高校に登校した。
一日で3か月を取り戻せるとは思っていなかった。でも、価値を生み出せなかったどころか、深刻な病気に感染してしまった。
高校にいまさら行っても、クラスメイトだけではなく、担任の先生にも、保健室の先生にも白い目をされるだけ。それはまだ、想像の範疇を越えなかった。登校した疲労に頑張って達成感を見出そうとしていた帰り道、傘の先端が、きらめく白い歯をちらつかせる男性をかすめてしまった。その男性は人目も憚らず、私を突き飛ばした。
すぐに謝ったからとか、悪気がなかったとか、そういうのが言い訳に過ぎないというのなら、もう一生地べたを這いつくばっていたい。それが私には似合っている。前なんて向く気は、見事に削がれた。
私の心が繊細なガラスの容器で例えられることが、この上なく見苦しい。でも何を見ても戦慄することしかできない。冷え切ったカーディガンが、肌にぴったり張り付いてくるのに、汗が止まるところを知らない。
「おい雪環、傘刺さなかったのか!? 早く拭かないと風邪引くぞ」
辛うじて家に到達し、迷わず自室に向かおう階段を上っていると、どうしてか兄が下りてきた。 “優しい” から、体が硬直して、自分の部屋に避難することも、毒も吐けなかった。獣の体温が伝わってきて、心底気分が悪い。でも、体は拭かないといけない。向こうのほうが正しい行いをしている……。
愚鈍を包み込む、当たり障りのない言動に、明確に反抗してこなかったから、その報いを受けていると、せめてそうであってほしい。璃宙ならこんな手、簡単にはたき落としているだろうな。そんな想像をするだけで、今回もまたいつもの様に、不愛想にふてくされつつ、曇り空を貫いていた。




