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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第3話:虹の咲く七夕
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笹川家の箱入り娘

 放課後、教室を出ると颯理が待っていた。五月雨祭が終わって、気がたるんでいるということを見越してだろうか。しかし、期末テストが迫っている。これを言い訳にしてやろう。


「あの、時雨さん」

「やっぱりー、東大以外は大学じゃないと思うからーっ、今から勉強頑張んないとなぁーっ」

「えっ、テストは近いですけど……。ちょっとでいいんで、付き合ってくれませんか?」

「んあっ?もしかして、部活じゃない?」


 どうやら近々嘉琳の誕生日があるらしく、そこで彼女に渡すプレゼントを、一緒に探してほしいらしい。それなら仕方ないか、彼女は恩を返すに値する……何か偉そうだな。早速、二人で街に繰り出した。


「ちなみに、何をプレゼントするつもりなの?」

「あの人、何あげたら喜ぶんですかね?」

「うーん、権力とか?」

「言いそうですけど、それとは別に人間生活を送っているわけで、日常的に使ってくれるものを渡したいなーって」

「日常的に使うもの……、あご?」

「何か恨みでもあるんですか?」

「これはあごだしのほうで……」

「日持ちする食べ物なら、ありかもしれませんね」


 私と颯理は、いろいろ目移りさせながら、颯理に連れられてデパートの中を歩き回った。しかし、どれもしっくりこない。嘉琳に渡すには、おとなしすぎるような気がする。だからといって、面白さ重視で、セミの抜け殻10年分や電柱と変圧器、アルモニカなんて贈っても、本当の気持ちは伝わらないだろう。私はため息をついていた。


「一回、お茶でもしますか。歩き回ったし、頭も使ったし」

「お茶……、本当にお茶するんでしょうね?」

「……そう言えば知り合いの人が、このショッピングモールで抹茶専門店やってるんですよ。これなら満足ですか?」

「えっ、まぁ……、ぜひ行きたい」


 ごねた者勝ちだった。むせるほどの抹茶粉末が、贅沢に振りかけられたソフトクリームを紹介してもらえた。挽きたての抹茶の香りが、人類を惑わせる。違法になる前に食べたほうがいい。あー、京都で食べたやつより、味が濃いんじゃないか。


「気に入ってもらえたようで何よりですっ」

「颯理って、お買い物好きなの?やけにここを知り尽くしてる感じだったけど」

「特段ってわけではないですが……。知り合いが多いので、まあ情報が流れてくるんですよ。新しい店ができたとか何とか」

「情報通ってやつねー。いいなぁ、私も憧れるなぁっ」

「いいことばかりじゃないですよ。○○の家の息子さんがもう3浪だとか、××さんの旦那が三股かけてるとか、耳を塞ぎたくなるようなことも、強制的に聞かされるんですから」

「毎日がカラフルでいいね。羨ましくはないけど、憧れるー」

「えぇ……。こっちも変なでまかせ流されないよう、上手く立ち回らないといけないので、時雨さんには無理じゃないですか」

「うん、ご近所付き合いとか、ぜーったい無理だろうなぁーっ」


 笹川家はかつて豪農として栄えていた、いわゆる名家であり、それ故に古くからの家同士の繋がりが、ややこしいことになっているらしい。やっぱり、庶民が知らない世界というのは、今も日本のどこかで根を張っているんだなぁ。私のどうしても出てしまう羨望の眼差しを、颯理はため息で受け流した。


「って、私の家庭事情はどうでもいいんですよ!嘉琳さんへのプレゼントを考えないと」

「ワイヤレスイヤホンとかどう?使いそうじゃない?」

「人によって好みが分かれるものは、避けるのが無難な気がします。どうします?めちゃくちゃ音質にうるさかったら」

「そしたら電柱と変圧器を贈るまでよ」

「いくらするんです……?それ」


「難しく考えすぎても、結論は出ないさそう……。そうだ、颯理は何をプレゼントされたい?」

「うーん、このぽんぽんでしょうか」


 颯理は自分の頭にのせている、白玉の髪飾りを撫でるように触った。次の瞬間には、私も机に身を乗り出し、ぽんぽんに手を伸ばしていた。何か、中に硬い核みたいなのがあって、期待していたほどではなかった。


 神経は通ってないと思うのだが、颯理は苦笑いしながら話を続けた。


「これ、買ったとき以来、同じような代物を見つけられてなくて……。落としたり、汚れたりしたら時雨さんと区別がつかなくなります」

「えぇ……、まあ疑似螺髪にしたいって言わなかっただけマシか」

「もしかしてこれ、変ですか!?」

「えっいや……全然普通だと思うけど……。ああっ、こんな風に慌てたらお世辞に聞こえるけど、お世辞じゃないよ!? 安心して!」


 机上の空論は楽しいだけなので、またデパート内を自分たちの足で回りながら、空論を繰り広げることにした。


「やっぱり、家電みたいなものは、私たち高校生がプレゼントするには、少々重すぎますかね……」

「見て見てー、85インチテレビだってーっ」


 最大級の大きさの割には、私の足元ぐらいにしか及ばない高さに、少し失望した。世の富豪は、食べられるんじゃないかって恐怖するぐらいのサイズのテレビを設置するべきだ。


「見て見てじゃないですよ。そんな数十万なんて大金、どこにあるんですか……」

「笹川家の財産で、もしかしたら……いけない?」

「そっちこそ、高いベースにアンプを買い揃えられるなら!これを買ってあげてくださいよっ」

「やめてその話、さっそく沼に落ちそうなんだから」

「行きませんよ……!私も散財したくないので」


 両者の利害が一致したので、嘉琳へのプレゼントに、真剣に向き合うことにした。


「うーん、マフラーとかどう?」

「これから夏ですよ……。どこに売ってるんですか……」

「じゃあ小手先で編むかー」

「できるんですか?ち、な、み、に、私はできますよ。……完璧じゃないけど、それなりには」

「ネットでやり方ちょちょーいって調べれば、私だってできるよ、その予定さ」


 あきれた顔をしているかと思ったが、何やら一途にかごの中の、巨大ぬいぐるみたちを見つめていた。私が、確かに絶妙に邪魔で、それでいて悪気もなさそうに振舞えて、もってこいなプレゼントだと、一人足踏みをしていたら、颯理はクジラのぬいぐるみを抱え始めて、私にこう告げた。


「こ、これ、かわいい。欲しい、この子も欲しがられてる」

「いいんじゃない、お似合い……だよ?」


 これは間違えていた気がする。しかし颯理は、貴重な真顔を中々崩そうとしない。


「値段もちょうどいいし、アリだなぁ、これ」

「ちょっっと待ってください!これは全部私のですーっ」

「急におかしくならないで……」


 颯理もここからさらに熟考した上で、結局このぬいぐるみは買わず、この日は解散することになった。しかし、たぶん颯理は、あのぬいぐるみたちに目をつけているだろうなぁ……。無駄に6周ぐらいした末、あのぬいぐるみを最後にはプレゼントする予感がした。あー、サイゼ奢って喜ばねーかなぁーっ。

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