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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第3話:虹の咲く七夕
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思い出アウトレット

 私はコンビニのパン売り場で、少しでも安く献立を組もうと、スーパーの肉売り場で頭を悩ませる主婦のように、迷いに迷っている。もう二度くらいは、番重を転がす店員さんが、後ろを通りかかった気がする。


 4月からもう3か月、私には足を運び続けている場所がある。それは親友にして恋人、莞日夏のお墓だ。突然の訃報に立ち尽くさなかったわけではない。けれど時の流れは残酷で、偏光板越しの世界に閉ざされたり、ちょっと自暴自棄になったりしていた日々は、今や3か月前のことになってしまった。


 それは悪いことじゃない。そのまま居直れずにいたら、今のように迷惑のデバフをばら撒けなかったかもしれない。過去を忘れて、現在を駆け抜け、未来を細目で見るのが正解なのだろう。でもやっぱり寂しい……どちらかと言えば、恐怖が抜けないというのが正確かもしれない。


 あの暗黒時代の私が残した、唯一素晴らしい成果と言えば、莞日夏のお墓参りを習慣付けたことである。一人になって、ベースも爪弾いてない時にやってくる、どうしようもない切なさが、きちんと訪れてくるのはこのおかげだ。決して感謝など告げたくないけど。思い返すだけで冷や汗がほとばしるので……。


 それはさておき、初心を忘れているんじゃないかとご指摘されそうで、ただお墓の前で手を合わせるだけで済ませられない。いや誰に指摘されるの?って話なんだけど……。4月の憎き私が、莞日夏の大好物であるあんドーナツをお供えしてしまったので、ここで手を抜けない気持ちはわかってもらえるだろう。そもそもここで適当になってしまったら、それは莞日夏への愛が薄れてしまった証拠に他ならない。ムキにならざるを得ないのだ。


 それもさておき、毎日遺族の方々が、余りものを3食お供えしてくれているらしいので、栄養が偏るということはないはずだが、決まっておやつがあんドーナツなのもかわいそうだ。でも他の好物をあんまり知らないのである。よく仲良しグループ行ってたパン屋があったのだが、莞日夏の食い支えがなくなった途端、潰れてしまったし。


 結局、メロンパンをチョイスした。理由は群集心理よりも単純、おいしそうだったからである。パッケージ越しでも伝わるメロンの芳香に釣られた。私は、しっかりメロン果汁が入っているメロンパンのほうが好みだったりする。誰も興味ないと思うけど。


 今日は駅から8分で、お墓のある木滑家の邸宅に着いた。アジサイの時期も終わって、青葉を雨粒が濡らすだけの、手が届く広さの庭、この時期になると露を儚いものの例えにしたがるご先祖を小一時間問い詰めたくなる。こんなの粗製乱造される某霊長類と変わらない。そこに風情なんてあってたまるものか。


 まあそんなことを本気で思っていたら、将来有望なのだろうが、私はメロンパンを食べたいので、約束された挨拶をさっさと済ませることにした。建てたてのように光る墓石に、これ以上何を話せばいいのさ。


「時雨ちゃん……?」


 雨の中、縁側から時雨を呼ぶ声が聞こえる。私はメロンパンを素早く回収してから振り返った。その雪を欺くほど白い容貌からすぐに、小久(こひさ) 雪環(ゆきわ)だとわかった。こんな見た目でも雪女とは違って、それはもう囲炉裏で煮立ってるどじょう鍋のように、あたたかい性格の持ち主である。


「おっ……久しぶりだねー。その、外出られるようになったの?」

「今日は時雨ちゃんのお母さんが送ってくれたから……」


 私の母親が何食わぬ顔で登場した。


「時雨ちゃんも律儀ねー。毎日寄ってるんでしょ。とりあえず木滑さんがお茶出してくれるから、上がっておいで」


 よく考えたら、木滑家の本家に上がるのは初めてな気がする。別に莞日夏がいるわけでもないし、全然わくわくしない。とりあえずメロンパンを貪り、甘く溶けてしまいそうな口の中をお茶でリセットした。座布団の上だと、自然と正座になってしまう。


「何か……だいぶ長く会ってなかった気がするね」

「中学の頃は、一緒にいなかった時間のほうが短いぐらいだったのにね」

「友情って簡単に壊れちゃうんだなーって思った」

「これなら、バンジージャンプの命綱のほうが縋りがいあるよ」

「そうかなー?時雨ちゃんはバンジージャンプとか、余裕そうだけど」


 自分がとても弱いことを自覚してしまった昨今、複雑な気持ちにならざるを得ない。こんなに白く純粋な子を騙し、嘯き、尻に敷いているような気がして、あまり甘くない。


親友との久々の再会だから、近況報告でもう少し盛り上がるかと思ったら、そうでもなかった。しばらく起伏のない話を続けていると、莞日夏の祖母が、奥から形見を両手いっぱい抱きかかえてやってきた。


「これ、全部莞日夏ちゃんのですか……?」

「そう、ようやく気持ちに整理が付いたみたいでね。このまま全部捨ててしまうのももったいないし、思い出をおすそわけするよ」


 少女の私物を客観的に見た。確かに、個々のアイテムに思い出が宿っている。たまに混ざっている見覚えのないものには、心が燃えるような感じがした。


 雪環はステンレスの弁当箱を手に取った。真っ先にそれが気になるか……、でもゆっくりその大きさを噛み締めたことはなかったかもしれない。


「莞日夏が使ってた弁当箱、なかなかいかついよね」

「いっぱい食べる子だったからねー」

「というか、みんなで山登ったの懐かしいな。アジサイが綺麗な山」

「あれが初めてだっけ?4人で遠出したのって」

「あの頃は何というか……ぎこちなかったね。今思い返すと恥ずかしくなるよ」

「ぎこちなかった?」

「ゆきがるりにべったりで、私たちの後ろを、だいぶ距離あけてついてくるって感じだったじゃん」

「そんなに言うほど、べったりしてたかなぁ」

「ずっとカメラ回してても、ゆき一人の写真撮れなかっただろうねー。どの一瞬にも二人で写ってたと思うよ」


 まあ薄々察せるかもしれないが、雪環はあまり人付き合いが得意なほうではないので、中3まで(なばり) ()(そら)以外と交友関係を持つことがなかった。そう考えると、雪環がこうやって隣に正座して、モノクロの思い出に色を付けられるのは、奇跡なのかもしれない。……そんなことないよ、うちの莞日夏が架け橋になってくれたんだから。


 雪環が今度はキーホルダーに手を伸ばした。大きなヤイロチョウのぬいぐるみだ。みんなでお揃いの物を買おうとして、みんなの中心にいた莞日夏にちなんで、イスカにまつわるグッズを探していたら、そもそも誰もイスカを見たことがなかったので、だいたい一緒だろと各々自分に言い聞かせて、ヤイロチョウにしたんだったな。懐かしい。


「時雨ちゃん、このキーホルダーまだ持ってる?」

「あー、持ってるよ」


 私はリュックの中を漁り、全く同じ輝きのものを掲げた。


「つけないの?」

「うーん、こんな派手なものをぶら下げて、怖い先輩に目を付けられたらどうしよっかなーって心配で。同じ中学の人いないし、下手なことできないと、過剰に怯えてたから」


 今となっては、絶賛営業中の図太い私と本当に同一人物か笑い飛ばしたくなるが、莞日夏と今生の別れをした直後であり、神経質になっていたんだから、認めてさしあげろ私。まあ、これをぶら下げていたら、あの時嘉琳に引っ張られていたかもしれないし、結果オーライということにしておこう。


「ゆきこそ、落としたりしてない?」

「するわけないよ。財布より大事なものだもん」

「そうか、じゃあ予備はいらないね。せっかくだし、私が引き取ることにするよ」

「落とす気がしてるの?」

「違うよっ、捨てるのもったいからっ」


「私は何を引き取ろうかな」

「まあ、いっぱい引き取っても、あまりに畏れ多くて実用できないし、そっと莞日夏を感じられるぐらいにしとこう」

「そうだね……。あっ日記、ちょうど3冊あるよ」

「何かなぁ……、死者の墓は暴かないほうがいいらしいよ」


 思ってもないことを口走っていた。


「中を見なきゃいいだけなのでは?」

「それもそうか。燃やしてしまったら、莞日夏が生きていたという証拠が、また一つ失われるわけだし、大切に保管しておきましょっ。じゃあ私は……青色で!」

「また璃宙ちゃんと喧嘩になるよー」


 そう言って雪環は口元を抑えながら、ピンクと紫のノートを回収した。どうしてイメージカラーが被ってしまったのか。このせいで何度、子供じみた言い争いをさせられたことか……。


 こんな感じで積もる話を消化し、形見を一通り選び終わったので、母親に車で家まで送ってもらった。毎日居候していてくれないかなぁ。


「そう言えば、時雨ちゃんは学校行ってるんだね……。制服、似合ってるよ」

「うん?それはまあ」

「偉そうに言わないでよぉ。大変だったんだから。家から引きずりだすの」

「パパに力ずくで掴まれたら、さすがに敵わないからねぇ」


 卒業式にも行かなくていいって言ってくれたし、普段から私のお願いを何でも聞いてくれる両親が、珍しく形相を変えてきたので、命の危険を感じたのである。すねかじりの勘だ。もう15年はやってるんだ。


「友達できた?」

「ゆき、自分と一緒にしないでよ。出自が違うんだから」

「でも時雨ちゃん、『薄っぺらい人付き合いなんていくらあっても無駄』って言ってたよね」

「まあ、ある程度は厚みのある関係だから。結構いい人たちに恵まれたね。天国の莞日夏に感謝」

「いいなぁ……。私も行こうかな、学校」

「それがいいよ。部屋に籠ってても、息を呑むような空気は吸えないし、飛ぶほどおいしいご飯にはありつけないから」


 家に帰ってから私は自室に籠り、莞日夏が実際に使っていた数々の日常品を、じっくりと堪能した。何か月も殴られ続けた本性が剥き出しになってしまう。


 やはりハンカチは洗濯されていて、莞日夏というより洗剤と太陽のにおいしかしない。確かに莞日夏が使っていたのは見たことがあるが、これではダメだ。私は虚ろな目で、莞日夏が修学旅行にも持ち込んでいた枕を見た。こんなの許される気がしない、でも形見として持ってきてくれたんだ。持って帰っても良かったんでしょ、だからいいはずなんだ。これくらい堪忍されて然るべきなんだ……!


 一応、他の形見も一通り楽しんだ。でもやはり、莞日夏はここにいない。私は目を閉じて、莞日夏が使っていた枕に顔をうずめた。それとなく莞日夏の名前を口にしたきり、私の記憶は飛んでいる。次のモーメントではベッドであおむけになって、半透明のポリ袋を手にしていた。今なら夢の中で莞日夏と握手できる気がする。私は目を閉じた。涙がこぼれたが気にしない。


「ちょっとー、いつになったらお風呂入るの!?」


 せっかくいい夢を見るために電気を消していたのに、容赦なく電気を付けられ、そして額をはたかれた。莞日夏だったらテコピンしてくれたのに……。

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