偽りの本当の気持ち
準備が終わり、嘉琳はすっかり客席側に回ってしまった。出番まで時間はある。でも今、嘉琳の元に行ったとして、何を話そうか。素直な言葉を愚直に吐き出したら、何も進歩しない。何のために大勢に迷惑をかけたのか、その意味の上に立たなければ。
「思った以上にすっからかんなんだけどーっ」
「向けられた銃口の数が少ないと思えばいいじゃない」
「銃口は1つでも向けられたら、結構ピンチだから、むしろ物悲しいかも」
「あの、そんなに、取り立てて言うほど、人来てないんですか……?私も少し知り合いを呼んでしまったので……」
「見てきたら?」
見に行ってしまった。……疑っていたけれど、確かに少ない、これなら卒倒しなくて済むかもしれない。でも大舞台から見る景色は、次元を変えて、容赦なく時空を歪ませる。賑やかな壁に影を作って、小川から貰った謎の図形のピックを、手に跡が付くぐらい握りしめることしかできない。
「ねー、打ち上げってやる?この天気だけど」
「う、打ち上げですか?事前にミヤコワスレでやるって連絡しましたよね……?小澤さんが豪勢な料理でもてなしてくれるそうで」
「んあっ……、そうだっけ!?」
見てないのは時雨だったか。でももし、彼女があの連絡を見ていたら、こうして話しかけてもらえなかったかもしれないわけで、巡り合わせに感謝しなければならないのかもしれない。
「そ、そういうところ、直したほうがいい……かもしれませんよ」
「えー、これはたまたまだよ、まぐれだよ、偶然そういう日に当たっただけでーっ」
「部活に関する連絡全然しないし、そもそも全然部活に来ないし、理想だけは一人前だし、そういうところが……」
「どうした?ちょっとは取り繕う努力をしたほうがいいんじゃない?」
「きっ緊張じゃなくて、不安、不安なんですよっ、時雨さんがっ」
「本番には強いよー。だって、白高受かってるし。あれ、その理論だと笹川さんも強いことになっちゃうな……」
「あーっ、そうだ、円陣を組みましょう!円陣を組めば、一致団結結果オーライです!」
「体育祭みたいだなぁ……。私は嫌だよ、恥ずかしいから」
「まーったくー、少しくらい和になろうって気はないのー?」
次が出番の、 “facade retention” と書かれた帽子を被っている蒔希が時雨に絡みに来た。彼女は心底不機嫌そうに、蒔希を振り払った。
「これは笹川さんのことを思ってですよ。彼女には、あまり浮世離れしたことをしてほしくないんです」
「もー、しょうがないから、先輩とやろっかー」
「じゃあ笹川さんとやりますっ」
時雨は私の腕を強引に取り、二人で円陣というか、そういう準備体操みたいなのをさせられた。顔が下を向いているから幾分マシだけれど、誰も見てないことを祈る……少なくとも蒔希には見られてる。手遅れかもしれない。
「何ですかこれっ」
「めちゃめちゃ震えてるじゃん。貼るカイロあげようか?」
「何でこんな時期にカイロ持ち歩いてるんですか!?」
「入れっぱなしだった」
「……頑張りましょうね」
「もちろん、足は引っ張んないでよね」
「時雨さんが言わないでください!自分が目立つことしか考えてないでしょ!」
目を開いて、目一杯眼球を上に動かした。痛いところを突かれて、むっとしている時雨の顔が見える。
この準備体操のおかげで、凝り固まった背筋が伸びた。せめて今は、どこにも逃げないでほしい。私は時雨の残響を気に留めながら、明後日を気にする彼女を、出番が来るまでずっと見つめていた。




