表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第2話:木に竹を接ぐグルーオン
36/212

偽りの本当の気持ち

 準備が終わり、嘉琳はすっかり客席側に回ってしまった。出番まで時間はある。でも今、嘉琳の元に行ったとして、何を話そうか。素直な言葉を愚直に吐き出したら、何も進歩しない。何のために大勢に迷惑をかけたのか、その意味の上に立たなければ。


「思った以上にすっからかんなんだけどーっ」

「向けられた銃口の数が少ないと思えばいいじゃない」

「銃口は1つでも向けられたら、結構ピンチだから、むしろ物悲しいかも」

「あの、そんなに、取り立てて言うほど、人来てないんですか……?私も少し知り合いを呼んでしまったので……」

「見てきたら?」


 見に行ってしまった。……疑っていたけれど、確かに少ない、これなら卒倒しなくて済むかもしれない。でも大舞台から見る景色は、次元を変えて、容赦なく時空を歪ませる。賑やかな壁に影を作って、小川から貰った謎の図形のピックを、手に跡が付くぐらい握りしめることしかできない。


「ねー、打ち上げってやる?この天気だけど」

「う、打ち上げですか?事前にミヤコワスレでやるって連絡しましたよね……?小澤さんが豪勢な料理でもてなしてくれるそうで」

「んあっ……、そうだっけ!?」


 見てないのは時雨だったか。でももし、彼女があの連絡を見ていたら、こうして話しかけてもらえなかったかもしれないわけで、巡り合わせに感謝しなければならないのかもしれない。


「そ、そういうところ、直したほうがいい……かもしれませんよ」

「えー、これはたまたまだよ、まぐれだよ、偶然そういう日に当たっただけでーっ」

「部活に関する連絡全然しないし、そもそも全然部活に来ないし、理想だけは一人前だし、そういうところが……」

「どうした?ちょっとは取り繕う努力をしたほうがいいんじゃない?」

「きっ緊張じゃなくて、不安、不安なんですよっ、時雨さんがっ」

「本番には強いよー。だって、白高受かってるし。あれ、その理論だと笹川さんも強いことになっちゃうな……」

「あーっ、そうだ、円陣を組みましょう!円陣を組めば、一致団結結果オーライです!」

「体育祭みたいだなぁ……。私は嫌だよ、恥ずかしいから」

「まーったくー、少しくらい和になろうって気はないのー?」


 次が出番の、 “facade retention” と書かれた帽子を被っている蒔希が時雨に絡みに来た。彼女は心底不機嫌そうに、蒔希を振り払った。


「これは笹川さんのことを思ってですよ。彼女には、あまり浮世離れしたことをしてほしくないんです」

「もー、しょうがないから、先輩とやろっかー」

「じゃあ笹川さんとやりますっ」


 時雨は私の腕を強引に取り、二人で円陣というか、そういう準備体操みたいなのをさせられた。顔が下を向いているから幾分マシだけれど、誰も見てないことを祈る……少なくとも蒔希には見られてる。手遅れかもしれない。


「何ですかこれっ」

「めちゃめちゃ震えてるじゃん。貼るカイロあげようか?」

「何でこんな時期にカイロ持ち歩いてるんですか!?」

「入れっぱなしだった」

「……頑張りましょうね」

「もちろん、足は引っ張んないでよね」

「時雨さんが言わないでください!自分が目立つことしか考えてないでしょ!」


 目を開いて、目一杯眼球を上に動かした。痛いところを突かれて、むっとしている時雨の顔が見える。


 この準備体操のおかげで、凝り固まった背筋が伸びた。せめて今は、どこにも逃げないでほしい。私は時雨の残響を気に留めながら、明後日を気にする彼女を、出番が来るまでずっと見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ