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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第2話:木に竹を接ぐグルーオン
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舞台袖の印象攻防戦

 五月雨祭にはもってこいの雨、おととい梅雨入りしたらしく、絶え間なく雨が降っている。私は湿気で広がった愛しい髪を指で回しながら、せわしなく準備している人たちを見守った。時に大きな音がすると、不謹慎ながら少しわくわくしてくる。


「雨すごいんだけど。駅から歩いてたら、急に強くなってきてさー。このありさま」


 頭頂部以外、ほぼ全てがびしょ濡れの嘉琳がやってきた。しかし用意周到な奴だ。きちんとタオルを持ってきていやがる。


「あーあ、重役出勤ですか。ごっくろうさまでーす」

「待て待て、開始まであと何時間あると思ってんのさ……」

「もうみんな着いてるよ。初めてだから、やる気がみなぎってるの」

「そもそも私は部外者なんだが?」

「あ!おーい嘉琳ちゃーん!機材トラブルー、ちょっと見てくれなーい?」

「私じゃなくてライブハウスの人に聞けよ!」


 蒔希に呼び出されて、嘉琳は裏方に吸い込まれていった。到着してから10秒も経ってないだろうに、嘉琳も変なお節介を焼くからこうなるんだから。それにしても、このアングラな雰囲気が落ち着かない。そう言っておけばいいだろう。実際は、他校のキラキラした軽音部と同じ箱の中にいるのが落ち着かない。


 というわけで楽屋に避難してきた。桜歌が相変わらず本を読んでいる。まあ、ギロと喉にはチューニングがいらないのかな。


「何か余裕そうだねぇ。ギロは忘れてきてない?」

「本当にギロを出すと思ってたの?あんなの、奈良県民4号の悪い冗談だったんだけど」

「だってわざわざ買ってたじゃん……」


「ところで、あなたは緊張してる?」

「えー、それなりには?いや、意外にも」

「そんなあなたにいい方法があるよ」

「期待しないで聞いておくね」

「ずばり、本を読むこと」

「それっていつも本を読んでいないと意味ないのでは……」


 ということは、案外桜歌も緊張しているのだろうか。桜歌が辞書を引き始めたので、私も自分のスマホに視線を戻すと、楽屋に颯理が慌ただしく入ってきた。健気だなぁ。


「天稲ちゃんいる!?」

「んあっ?いないよ」

「わかりました……」

「あっ、信濃リバーなら……何でもない」


 桜歌の含み笑いで、颯理が足を止めて振り返った。


「阿智原さん……?」

「緊張のあまり食べちゃった?」

「なかなか酷いことになってるからっ、あのままにしておいてあげてっ」


 そんなに面白いことになっているなら、見に行かない手はない。私も楽屋を出て天稲を捜索することにした。


 あっさり見つかった。何やら熱殺蜂球があるなーと思って寄ってみると、天稲にたかっている他校の生徒だった。そのマスコット的な言動から、写真撮影やら、お触りやらをせがまれているらしい。私も1枚写真を撮ったし、頭頂部を軽くチョップしておいた。


「はい、天稲ちゃんの写真」

「私じゃなくて笹川さんに引き渡してきなよ。きっと喜ぶよ」

「私にたんこぶができるよ……」


 高鳴る鼓動を電気信号に変えて、いざリハーサル。こういう感じかー、新鮮な体験で、型落ちの感情を抑え込む。本番の頃には、見せびらかす用のテクニックも、ベースの弾き方も、ニュートンの運動方程式も忘れてしまいそうで、胃が痛い。


「はっはっは、めっちゃ緊張しとるやん。ほら、胸を貸してやろうか?」

「常葉先輩ー、壊す用のギターって余りありますかー?」

「おい待て、齢15にして、前科持ちはお先真っ暗だぞ!」

「はぁーい、どうぞぉー」


 常葉は期待を顔に、高そうなギターを持ってきた。握るのを拒もうとすると、擦り付けてくる。全力で、振り向かずに、この狭い箱庭の中を走って逃げ惑うことになった。颯理に物凄く白い目で見られた。


 舞台袖でつくねんと棒立ちしていると、ゆっくり桜歌が近付いてきて、スカートの裾が揺らいだ。


「どうした?」

「私の歌って上手いの……?」

「さあ、透明感のある音ではあるんじゃない」


 今は原石、ボイストレーニングなんかを積み重ねていけば、輝くんじゃないかとも直観的に思ったが、そこまで言える立場にない気がするので、それだけにしておいた。


「そう。私はみんな、嘘とお世辞だけいっちょ前で、本当に大事なものは隠し通そうとするって、決めつけてるから」

「私が何も隠していないとでも?」

「それは……ただ、錆びついて中々開かない錠前の中身を、あなたになら見せやすかったから。と言えば満足する?」

「そういうのは先輩にやってあげたらいいのに」


 私は気付かれないよう、一糸も姿勢を変えなかったので、逆に悟られていそうである。自分を偽ることは、本当に奥が深い。ボロが出ないよう、そっと目線を逸らした。なぜかその先に古の炊飯器ご一行がいた。

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