グルーオン
「今日の嘉琳は、やけに堅苦しい表情してるね。服装を正装にすれば、もう友人の結婚式にご祝儀を忘れてきた人みたい」
甲高い無邪気な声とともに、先制攻撃を仕掛けてみた。すると、嘉琳は足を上げてみせてきやがった。慌てて、自分にもたれかかっているベースを、電車の椅子に座りながら、頑張って持ち上げた。高かったから愛着が……、愛着があるから高かったんだぞ!
「えっちょっと、マジでやめてよ!蹴らないで、高かったんだから!」
「まあこれは冗談だよ。もし蹴り飛ばしたら、周りの人にどんな目で見られることやら」
嘉琳はその大きなブーツを、ゆっくりと定位置に戻した。とても安堵している自分がいた。こんなに猜疑的になっている自分もいた……。
「時雨、部活にはちゃんと出ような。それと、休むならきちんと連絡を入れなさい。他人は大切にしようね?」
私は絆創膏だらけの手をかざしてみた。良かった初心者で、こうして免罪符が刻まれるのだから。
「あの、知ってるよ?家で練習してるんでしょ」
「うん、まあ。それが気に食わないって、笹川さんに注意するようけしかけられた?」
「私が気に食わないと思ってる可能性は?」
「嘉琳なら共感してくれるでしょ。努力してる様を見せないほうが、かっこいいって」
「こうも見え透いた口を叩かれるとなぁ……。まっ、颯理のメンタルがズタボロになっちゃうから、もっとコミュニケーション取ってあげて」
「うーん、そもそも部活休むことも、家で練習してることも、洗いざらい阿智原さんに話してるんだけどなぁ」
「何で阿智原さん……?しゃもじ連合の中で、一番発言力が弱いのに」
「だってこういうことに対してなら、口が堅そうじゃん」
「そこで口が堅かったらダメだろ……」
良いオチが着いたところで、学校の最寄り駅についた。
嫌われたくはないので、今日は部活に顔を出すことにした。スタジオに入ると、神妙な面持ちの颯理が早速練習していた。
「私、横柄に見える?」
「え?そんなことは……。それより、来てくれたんですね。ありがとうございます」
「あの、感謝されることじゃないってことはわかってるし。うーんと、対等な関係でいようね?こんな但し書きが必要な時点で、対等じゃないのかな」
「でも、音楽活動は私のわがままですから。時雨さんは、差し障りのないぐらいでいいですよ」
「それが対等じゃない最たる例なんだけど……」
一線を引かれているような気がして、裏を返せば期待されていないように感じた。私は飢えも自覚した。颯理に、私のベースが必要だと言ってほしいのかもしれない。あー、何もかもが足りない、愛も時間も名声も。
「多々良さーん、どう?練習は進んでる?」
「先輩は対等じゃないっ、ですっ」
私はこびりついてくる蒔希を軽く肘で動かした。
「悲しいなぁ。先輩と後輩っていう垣根を越えていきたいと思ったのに。まあいいや、今から私たち、合わせて練習するから、サボってる暇あるなら見においでー」
つい「うるさい」とか「二度とわかった口を利くな」とか言いたいけど、言ってしまっても天誅が下ることはないけど、対等ではないので唇に強い力を加えて抑え込んだ。
天稲が遅れているのもあって、練習が始められないので、結局古の炊飯器の演奏をご覧になることにした。結成初日に蒔希に演奏してもらったワンフレーズより、はるかにクリアに聞こえる。
この粘りつく立ち振る舞い、変哲な帽子、 “姉” としての威厳、さらさら淡々とした演奏、私はこれら全てを壊してしまいたい。この軽音部のトップになれば、ついでに颯理からも信頼されて、旨味たっぷりである。




