らるげっちょ
一応、私の肩書は総合プロデューサーなので、煩わしい事務作業や、舞台照明の構成などをこなしてあげている。完全な部外者なのだが、恐らく軽音部員の時雨よりスタジオに入り浸っている。まあこれも、颯理たちが練習だけに明け暮れられるようにするため。こうなると、余裕のある放課後を送るために、余裕を作っておいて良かったな。過去の自分の判断に感服した。
参考として、前年度の古の炊飯器のライブを見ていると、颯理が居丈高な上司に質問するかのように、千鳥足で近付いてきた。
「何を恐れてるのさ……。じゃあ高圧的になってあげるよ。おい、課題曲もう1曲は決まったか!早くしないと、練習する時間なくなるぞ!」
「だからどうして、課題曲って言うんですか。吹奏楽部じゃないんですから」
「えー、一番楽しそうな音楽家の形じゃーん」
音楽をとことん突き詰めたいという専門家タイプじゃない限り、人間らしく笑って泣いて別れてを繰り返すほうが、悔いなく40年を費やせる気がする。
「少し相談をしたかったんですが……。忙しそうなので、やっぱりまた後でにします」
「えっ、いいよ!自分の呼吸回数を数えるぐらい暇だったし!」
私は机から乗り出して、颯理を引き留めた。しかし、かえって話しにくくなっていそうなので、ろくろ首の頭のように椅子に戻った。
「子犬のワルツを抑えられてないですよ」
「そうかな、こんなにらるげっちょしてるのに」
「んー、時雨さん、あの人もう4日は部活来てないんですけど、えーっと……」
学校に大きなベースを背負ってきてはいるのだから、せっかくだから弾いてから帰ろうとはならないのだろうか。しかし言葉足らずな人だ。彼女だって私の目論見にまんまとハマって、とんでもなく努力している。1日1回は文字通りご対面してるんだから、どう隠そうにも気が付いてしまう。
でも合わせて練習することも大事だし、何より颯理が不安で仕方ないだろうし、どんな言葉を授けてあげればいいのだろうか。プロデューサーというか、純粋な友達としての能力が問われている。
「大丈夫だー、時雨を信じろー」
「何ですかその棒読み、どうしようもないってことですか……?」
「ちがっ……、実は時雨、2年ぐらい楽器やってたんだよ」
「おー、何の楽器ですか?」
「えっ、かっカスタネット」
「真っ赤な嘘じゃないですか。もっと堂々としてくださいよ」
「嘘を嘘と見抜けなさそうだったんで、わかりやすくしてあげたんだが?」
颯理はあきれているのに諦めない。とても芯のしっかりしている子だ。
「まあその……天稲ちゃんも頑張ってるし、嘉琳さんだって私たちのことを心配してくれてるし、だからみんなでステージに立ちたい。だけど、どうしたらいいと思います……?これ以上私にできることを教えて……違う、それは自分で考えないと」
「まっまあ、そんな深刻になさんなって。ケセラセラに関連して、ケクレはウロボロスの夢を見てベンゼンの構造を思いついたらしいし」
「……完璧じゃないと、何が起こるかわからないじゃないですか。当日、時雨さんが来なかったらとか、ステージに上がって練習したこと全部忘れちゃったらとか、悪いことばかり考えちゃって、練習に手がつかないんです……。良くないことだとは、わかりたくても拒んでしまう」
颯理は混沌とした艱難辛苦にぐちゃぐちゃにされている。きっと私に解決策を出してほしいのだろうが、情けないことに何も思いつかない。強くなる自己嫌悪を、私は葬式のお経のように聞きながら、静かに頭を抱えた。
肩に柔らかな手が置かれる。 “Bright Band” と書かれた帽子を被った蒔希が、未熟な私たちを励ましに来た。
「ふん、心配ないよー、二人とも。あの子は行動力のある捻くれ者だから」
「和南城先輩?」
「まったくー、心配性なんだからー。というか嘉琳ちゃんはもっとがっしりしないとー」
蒔希はずっしりと、私の肩に体重をかけた。
「いや、よほど確証がない限り、大丈夫って言うのは無責任だと思って」
「そうねぇー、でもこの私が太鼓判を押すんだから、安心しなさい?」
「そんなにセンスあるんすか、あの時雨とかいう人」
「うーん、雰囲気以上に棘と気骨があるねー。だからこそかわいがりたくなっちゃうんだけど、嫌気が差したみたいで逃げられちゃったー。てへっ」
「つまりこの颯理の杞憂は、和南城先輩が作り出したということでよろしいですか」
「えーっ、それは心外だなー」
「また後輩をいじめたのぉー?あれだけ、先生に注意されてたのにぃー」
「だってあーいう子の、普段は隠してるけど、実は信頼している先輩っていうポジションになるのが、やっぱりやめらんないんだよー」
私は今、蒔希に肩を揉まれている。確かに、こういうのを倦厭する性格の人もいるよな……。ふと颯理のほうを見ると、彼女は少し緊張がほどけたようで、作り物の笑顔を浮かべていた。




