五月雨祭
熱は高いほうから低いほうにしか流れない、その過程で他の何にも影響を及ぼさないならば。これがクラウジウスの原理というやつだけれど、私は今、危機感で歯ぎしりが止まらない。このままだと1か月も待たずして、しゃもじ連合が分解してしまう。でも颯理が流した汗に意味があってほしいじゃないか。どうしよっかなぁ……。
学校の廊下を歩いていると、一枚の張り紙が目に入る。五月雨祭、6月はイベントも少ないし、近隣の高校の軽音部を集めて、ライブをやるらしい。こんなおあつらえ向きなもの、参加せざるを得ないだろ……!いや私が演奏するわけじゃないんだけど、何か一人で熱くなっていた。
「じかりんも出るの?それなら俺も見に行こうかな」
「来なくていいよ。見世物じゃないんだから」
「見世物ではあるでしょ。こういうのってむしろ、なるべく観客を集めたほうがいいんじゃないの?」
「まあそうなのか、じゃあ行ってもいいんじゃない」
何か私が実際に壇上でパフォーマンスすると誤解されてそうだが、面白いのでこのまま磯貝は騙しておくことにした。
「というか何の用、忙しいから私はもう行くよ」
「別に何の用でもないけど。俺は用がないと話しかけちゃダメっていう友好関係って、不健全だと思うんだ」
「人の道を踏み外さなければ、不健全な道を歩いてもいいと思うんだ。ぶっちゃけ、18で飲酒をしようと、20で飲酒をしようと何も変わらん。そいじゃー」
そんなことを言ったが、意気地なしの腰抜けな私は、二十歳になってもしばらくは手を出さない気がする。まあそれはさておくとして、次の日、私は颯理に五月雨祭の話をした。
「でも私たち、そこまでのレベルに達してるとは思えないんですけど。何か最低限の虚勢を張る術も知りませんし」
「実際に出るかは置いといても、目標があれば、みんなの気持ちを一つにできるんじゃないかな」
「意外と陳腐ですね」
「それは颯理が陳腐だから」
「でも頑張ります!何なら、もう陳腐とは言わせないところまで、行ってみせますよっ」
約7割の人間が偏差値40~60なので、陳腐だからと言って気負う必要はない。こんな感じで颯理は上手いこと乗ってくれたのだが、問題は時雨である。彼女がやる気を出してくれるかどうかが、私の人生の行末さえ握っている。本当に?むしろ握らせてみるか?
放課後、今日もスタジオにいるだけで、一向に練習をしようとしない時雨に、五月雨祭の存在を伝えた。
「う~ん、う~……」
「悩むな」
「悩むのもダメなの!?」
「颯理は即答だったよ」
「そりゃあギター上手いもん。ずーっと先輩に褒められてるし」
「あれは児玉先輩が適当なこと言ってるだけじゃないの?」
「おい阿智原 桜歌!あんた怖いもの知らずだな……。軽音部は魔界地方都市だぞ、どうしようもない内輪ノリの螺旋に包まれた、霧と雲の故郷。油断しなくても死ぬよ?」
「嘉琳こそ首を刈られるよ、いや刈られろよ」
「で、大丈夫?出てみます?」
「そうだ、全て天稲ちゃんに決めてもらおう」
「あの、その前に私も意志表明していい?」
「いや、全部天稲ちゃんに決めてもらおう。それが丸い」
「ふん、天誅が下るよう、白山さまに祈りを捧げておくわ、ホーカスポーカス、くわばらくわばら」
ドラムを一心不乱に叩く、金髪小柄で無表情系元気沸騰天稲ちゃんに、ライブに出るかどうかを聞いてみた。
「私もちょうど提案しようと思って、あと一歩のところだったんです!頑張りましょう!」
なぜか天稲と握手していた。まるで私も舞台に上がるみたいになっている。それにしても今の演奏、素人目でもお手本のように美しかったな。いつの間に、そんな実力を手にしていたんだ……。




