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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第2話:木に竹を接ぐグルーオン
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ギロ相手に必死になって、悲しくならないの?

「おーっ!かっこいぃーっ!カブトムシっぽいよぉーっ!」

「やらないからね?高かったんだから」


 放課後のスタジオ、私は30万のベースを見せびらかした。いくらこの私でも、初回特典ボーナスで、これでもかというぐらい、手垢さえ付かないよう気を配っている。輝かしき未来の私を曇らせないために。


「おととい寿司食べた時も思ったけど……。多々良さんって金銭感覚が麻痺してるんじゃない?いったい親の金を何だと思ってるのさ」

「せっかくのお小遣い、使わないともったいないじゃないですかー。まあ、残った金で……服とか買いたかったですけど、贅沢は言ってられないか。一般家庭だし」


 楽器を買うのに同行した蒔希が、昨日と同じあきれた顔で出てきた。お金の価値というのは、年を取るにつれて下がっていくものだ。だから今使い切っておくに越したことはない。


「このままエフェクターなどに手を出したら、いよいよ多々良家は破産すると思います」

「天稲ちゃん……、この子にして、そこまで馬鹿な親なことあるわけないでしょ」

「何だか……時雨さん取っつきにくくなってませんか?」

「えっ、ちょっと、ちょっと待ってよー。私はずっと庶民派だよーっ」


 調子に乗りすぎるのも良くない。私は30万のベースを、棺の中に遺体を入れるかのように、ケースへ滑り込ませた。


「碌に練習もせず腕前もないのに、二人前の機材を揃える。私はそういうのに、心惹かれなくもないから安心して」

「うーわ、嫌みったらしいこと言うねぇ」


 いつものようにパイプ椅子に座って、本を両手にエクスビジョンを観覧していた桜歌が、独り言のように本音を漂わせた。


「そう思うなら、今からチャックを逆方向に引いて、少しぐらいはベースを弾いたらどうなの」

「まだ教えてもらわないとどうしようもない段階だから、先輩の手があくのを待ってるだけだしーっ。むしろ、そっちこそどうなの……」

 桜歌は素早くどこからともなく、ギロを取り出した。何というか、電子回路の抵抗に見えなくもない。


「大小様々、津々浦々のギロを用意したから。これでライブは大盛り上がり間違いなし」

「それって、いわゆる『碌に練習もせず腕前もないのに、二人前の機材を揃える』なのでは?」

「ギロ相手に必死になって、悲しくならないの?」

「本職はボーカルなんじゃ……」


 まあインストバンドとして急場と糊口をしのげばいいか。そんなことを考えていると、桜歌の口角がわずかに上がったのが見えた。命の危険を感じて振り返ると、まさかまさかそれがあだとなった。猶予のある険相の嘉琳に、頬を冷たい手で押さえつけられたのであった。


「つべた……」

「さすがに颯理を見習え」

「うっしゃい、家でれんひゅうする予定だったの」

「……嘘だったら?」

「嘘一本呑み込む」

「爪一枚ひっぺがえすが妥当だと思う」

「ちょ、それは、想像するだけでレッドアウトなんだけどー!」


 爪を剥がすという拷問は、気軽そうでなおさらたちが悪い。しばらくすると、 “Battering Ram” と書かれた帽子を被っている蒔希が舞い戻ってきたので、私も練習をほんのちょっぴりさせられた。うーん、全てが上手くいかない、この世界は間違っている。どうして私が思った通りの音を出さないのか。どうして蒔希はこんなに、私をなぶりつくすような言動をするのか。

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