どうしました?
私は大きなミスを犯した。面白おかしく生きようとするあまり、自分の本心に背いてしまった。本当は時雨がどんなベースを買ったのか見たかった。やっぱりキャラクターを守るのか、それともあえて崩してみるのか。まあライブの時になったら、どうやってもお披露目せざるを得ないか。……ライブ、本当にこの4人で演奏するの?絵面が全く想像できない。
時雨とわかれてから、教室の自席でそんなことを考えていた。それはそうと、今日はやけに静かだなーと思ったら、前の席の颯理がとても前のめりになっている。どう颯理を振り返らせようか。普通につつくのは味気ないし、かと言ってスタンガンは持ち合わせてないし、とりあえず水道水で手を冷やしてきた。
でも真剣な人に、冷たい手を当てるなんて、そんなことしていいのかな。こんなに唇を固く結んでいる颯理に、いやどんなご機嫌な颯理にも、私の両手をべったり当てることが許されるのか?私はまだ冷たい指を組んだり離したりしながら、颯理を上から見下ろした。
「どうしました?」
「どうしました?」
とても慈悲深い声だったので、思わずオウム返ししてしまった。
「私が課題を当日の朝になってやってることが、そんなに珍奇なことですか?まあそうか……、私、真面目ですから」
「そうだよ、そうだけど」
「事情を話したほうがいいですか?」
「そんな話したくなる事情があるの?」
「ギターの練習してたんです。そうじゃなかったら忘れなかった保障もないけど、そう信じてくれますか?」
私は颯理の傷ついた指を見た。もし私が教師だったら、正常に成績を付けていられないだろう。教師を志すのはやめておくのが、自分の命のためか……。
でも、颯理の注意を引くことはできたので、とりあえず自分の机に戻った。
「終わったの?」
「あともう少しってところで、嘉琳さんが見下してきたので、とってもやりにくかった」
「あー、すいませんでした……」
「まあ終わったんで何でもいいけど、何か話したいことでもあったんですか?」
「んー?特段差し迫ったことはないけど……。その手、大丈夫?」
良かった、そこに話題が転がってて。颯理は一旦自分の手元を見返してから、表情を変えずに顔を上げた。
「まあ、最初は誰しもこんな風になるでしょ」
「そうなるから、大抵の人は挫折するんだけど……」
颯理は淡々としていた。その気概はいったいどこからやってきているのやら……。ストイックになれる時間には限りがあるんだし、よほど音楽に対する深い愛がないなら、そこまで全力にならなくてもいいと思うんだが、そう思っていることを言ってしまったら、興ざめしてしまうかもしれないので、必死に唇を固く結んだ。
颯理は私と目をわずかに合わせた。
「色んな人に支えられちゃったので、もう今さら後戻りもできないですしねっ」
循環論法の渦に沈みそうである。周りが助けてくれるから、颯理が頑張る。颯理が頑張るから、周りがもっと手を差し伸べてしまう。まるでギャンブルのようだ。あ?私は破滅に向かわせたいのか?




