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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第2話:木に竹を接ぐグルーオン
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顔合わせ

 なんだこの集団、バンドをやると聞いていたから、もっと儚い輝きを放っているのかと思ったら、まるでお通夜である。……でもお通夜って、宴会みたいな時間あるし、いつか馬鹿騒ぎする時が来るかもしれない。明けない夜はない。


「はーい、みんな集まったねー。点呼を取るぞー」


 一番最初からここにいたのに、わざわざスタジオに入ってくるところからやり直す嘉琳であった。


「番号っ」

『1!』


 様々な「1」がいる。ちなみに私は、密かにこのバンドの主導権を握る野望があるので、出したことない大声で「1」と叫んだ。


「そこはさ、誰も『1』を言わなくて、横の人と顔を合わせちゃうのが鉄板でしょ。自己主張激しいなぁ、お前ら」

「どうせ誰も言わないと思ったんですが……」

「やる気があることをアピールすることで、みなさんに好印象を与えられると思いました!」

「私が……トップに君臨してやる……」


 なんだこの禍々しい人、魔導書開いてるし。しかしそんな人と同じ野望を抱いているとは、自分の体内にマナゲージが見える。


「で、何が目的で点呼なんてしたの?」

「私の目論見は、誰も何も言い出さなくて、お互いの顔を見合っちゃうかなーと思って。それが狙いだったのに、何でわかんなさそうな顔してるの?」

「だから、そんなことしてどうするの?」

「ここまで言ってわかんないの!?時雨には失望したよ……。はぁ」


 溜息までつかれるほどのことだったのか。必死に嘉琳の意図を汲もうとする私が、遥か彼方にいる気がする。


「あー……わかってしまったかもしれない、胎児からやり直したい……」

「別にいいでしょ。日本は他人の心情を推し量れたほうが、評価されるんだから」

「いちいち社会情勢に絡めて慰めなくても……。まどろっこしいな」

「そもそも慰めになってないです」


「まっ、自分で種明かししちゃうと、みんなには顔合わせをしようと連絡したわけだけど、強制的にお互いが顔を合わせてしまう、つまり文字通り顔合わせだねっ!というのが私の意図になりまーす」

「嘉琳さんの言う通り、お互いの顔をまじまじとは見てませんね」


 金髪の……確か天稲って子に、顔の細胞の数を数えているのかと思うぐらい、じっくりと見つめられた。それは恥ずかしいので、髪の毛の本数を数えてもらおう。私は颯理のほうを向いた。


「あの、そんなに私の顔を見て、何か得られるものでもあるんですか……?」

「何かあるの?嘉琳」

「さあ?変顔でもすれば、価値が生まれるかもよ」

「言い出しっぺからやれよ?」

「つまり、私に続いて二人もやるんだね?」

「わっ私の変顔、そんなに見たいですか!?」


 顔を覆いだす普通の颯理にも興味を持たず、嘉琳は手を叩いて注目を集める。


「みなさんに集まってもらったのは他でもない。アイドルをやってもらいまーす!」


 私は迷わず嘉琳の胸倉を掴んだ。


「あんな衣装着られるか!絶対やだ、死んでも踊らない、私は貴様の操り人形じゃない」

「えっと……時雨さん?苦しいんでご勘弁を……」

「お待ちください、多々良さん。アイドル活動もきっと楽しいですよ。歌って踊るだけが、今のアイドルではありません」

「アイドルかー、それでも悪くないかも……」

「えっ……」


「おい待て、後ろの二人は、悪くないかもみたいな顔をやめろ!特に颯理、あんたがねじ曲がったらおしまいよ!?」

「それなら、どんな顔をすればいいですか?」

「えーっ、日向夏のアルベドなら、メレンゲ作れないか考えてる顔―!」

「かしこまりました!」


 どんな顔をしているのか気になったので、嘉琳を突き放した。……事前にお題を聞いていたら、それを疑わないぐらいの顔かなぁ。


「えーっと、悪い冗談です」

「虚心坦懐に聞いて、面白くない」

「そうですねぇ、カタルシスが感じられませんね」

「自覚あるなら、次から冗談を言わないでください」

「二度と口開くな」

「あー団結力◎っすねぇ……」


 嘉琳はしみじみとしているが、話は何も進んでいないのである。とりあえず、やっぱり本当はバンドを組むらしく、楽器の担当を決めることになった。


「颯理は、すでにギターやってるから、それ以外だね」

「うーん、嘉琳は何やるの?」

「私?わたしゃあ、何もしないけど」

「は?」

「あれ、そうなの?逃げるの?騙したの?」

「別に些細な問題かなーと思って。他人のバンドメンバー探しだって言っても、何か説得力というか訴求力に欠けるじゃない」

「その節はー……すいませんでした……」

「いやいや謝ることはないよ。その代わり、このバンドの総合プロデューサーに就任するけど」

「まあ、それは構いませんが……」

「ちょーっと待て待て、それは一番まずいでしょ。八つの大罪が主流の世界なら、間違いなく八番目に嘉琳をトップに据えることって言い伝えられてる」

「どんな世界だよ」

「多々良さんの言う通り、嘉琳さんをそのような高級な地位につけるのは、一抹の不安が残ります」

「一抹どころではないんだけど……」


「大丈夫だよ、おいしいところだけ持ってくだけだから。音楽性とかはそっちで決めて構わないからー」

「学生バンドにおいしいところなんてあるのですか?」

「天稲ちゃん!?」


 嘉琳が言葉を失っている。この金髪少女も殺意が高い。気が合いそうで助かる。


「例えばバンド名とか?」

「それはこっちで決めさせてくださいよ」

「ふふーん、こっちには和南城城があるんだ。そう簡単に覆らんよ」

「どういうこと?」

「えー、私と一緒に組んでた先輩です……。いつの間に話をつけてたんですか」

「まっ、バンド名はしゃもじ連合で決定なのでー」

「召し取るつもりなの?」

「そんな殺伐とした理由じゃないが?」


 どうやら颯理が前いたバンド名に炊飯器が入っていたらしいから、そこからの類推だろう。それにしても、きっとセンスの欠片もない。だが、音楽素人が名付けるとこうなってしまうのだろう。むしろ、嘉琳やよく知らない先輩方が身代わりになってくれたのだから、私たちは命拾いしたのである。


「それで、3人は何を担当したいですか?」

「そこは君たちの音楽性に任せよう!入手可能な楽器なら、何でもいいんじゃない?」

「そこを放任されると、たぶん崩壊しますよ」

「じゃあベースとドラムとボーカルでいいんじゃない。無難が一番」


 まあ私もぶなしめじが一番だと思っていたら、ダークサイドのクール系魔法使いが、不満げに嘉琳を睨みつけていた。


「なっ何だい……、というか、あんたなんて名前?」

「奈良県民だけど」


 真顔でわけのわからないことを仰せ給う。これこそ様式美、しかし自己紹介すらまともにできない人間なんて、最高じゃないか。


「どうやって奈良から通ってるの?しょうもない嘘はやめようね」

「そこっ!?そこですか、気になるの」

「ふっ、私のアイデンティティは奈良にあるから、ホラを吹いているではない」

「わかったから、せめて名前を教えてくれ」

「本当にあなたが知りたいのは、私の本名?呼び名さえ提示してくれれば、それで満足じゃないの?だから、SNSで使ってる奈良県民というHNを教えてあげたんだけど」

「じゃあ奈良県民さん、これからよろしくねーっ、てなるわけないだろ!特にこの颯理が!」


 私はおいそれと、彼女のこんな自己紹介を受け入れると思われてるのか。まあHNで呼び合う関係に憧れがないというわけでもない。そんなことまで見抜かれていたとは……。


「だいたい、あなたぐらい気がふれてる人なら、私の本名を知るために、ストーカー行為を働きそうなものだけど、そういうことはしてないのね」

「普通はしませんが……」

「恋しても?」

「キュイィィィィ……」


 すさまじい高音を立てて、颯理が蒸発していった。奈良県民の狙いは嘉琳ではなく、最初から颯理だったというのか。やはり並々ならぬ魔女だ、戦闘にも慣れていやがる。


「まともに自己紹介をすると、私は阿智(あち)(ばら) 桜歌(おうか)、阿鼻叫喚の阿に邪知暴虐の智、星火燎原の原、桜花爛漫の桜、四面楚歌の歌で阿智原桜歌だから。諸君、敬称をつけて呼ぶように」

「で、いつになったら何の楽器やるか決めるんだ?あんたら」

「もうそっちに丸投げしない?」

「それがいいと思います。嘉琳さんは全人類の行末が見えてそうなので!」

「まずは私に敬称をつけなさい」


 私がベースを、天稲がドラムを、やたらギロをやりたがっていた桜歌は、ギロを持ちながらボーカルということになった。ふあー、疲れた。私はパイプ椅子に、音を立ててがたつくぐらいの勢いで座った。壁に寄りかかって、背筋を伸ばし、目をつぶると、久々に達成感を味わえた。


「んじゃ、私はこれでお暇させていただくんで、後は頑張れー」

「なんかおいしくもないし、まずくもないところを持っていきましたね……」

「タルトの端っこかなぁー?」

「えー、そこを食べないと締まらんでしょ、常葉」


 嘉琳と入れ替わりで、誰かが入ってきた。どうでもよくなっていると、全身に体重がのしかかったので、慌てて目を開ける。そこには “Arabian Night” と書かれた悪趣味な帽子を被る、威容のある先輩があった。顔近い、なんかいい匂いする、その太もものベルトは何のために……?


「ところで、君が多々良さん?いいねぇ。これはかわいがり甲斐あるよー」

「え?もう……目をつけられてるんですか……?」

「みっちり、ベースのいろはにほへとちりぬるを (以下略) を教えてあげるからねー」

「あー、ダメだよぉー、蒔希。厚狭先生に、何度も注意されたでしょー」


 後ろの連れに肩を叩かれ、この蒔希とかいう疲労のデバフをばら撒く先輩は引いてくれた。


「そういうわけで、みんな早速練習しよう!私たちが楽器の扱い方から、この部活の鉄の掟まで何でも教えるから、安心して頼ってね!」

「いいんですからね、時雨さん。いい人ですからねっ?」


 颯理がこっちに駆け寄ってきて、必死に訴えかける。まあ、颯理が言うなら……?そもそも私はそんなに軟弱じゃない。

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