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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第10話:鏡花水月のイデア
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見て見ぬふり

 鏡花とはこんなに順風満帆なのに、たまに不吉な想像をしてしまう。プロトコル通りに事を運んでしまったら、もう一度死ぬんじゃないかって。さすがに次はもっと上手くやれるか。人が二度死ぬなど馬鹿馬鹿しい。


「時雨?」

「何」

「いや、おめでとさん。かわいい彼女を侍らせてるらしいじゃん」

「どいつもこいつもその話題ばっかり。嘉琳は冷やかしたりしないでしょうね」

「私はいつだって時雨の味方だよ。誰もが抱える、ベーシック苛立ちをぶつけたりしないって」


 しかし、朝一番に出会うのは嘉琳なんだよなぁ。嘉琳は最近、私の所作の機微を、なめまわすように観察してるような気がして、何だか……なぜだかと胸を突かれた気がして、鼓動が早くなる。。


「もう少し詮索してもいい……?やっぱり、時雨の相手って気になるんだよ……」

「んー……」

「お願いっ。当たり障りのないことしか聞かないからっ」

「わかったよっ。でも答えたくないことは、世界の半分をくれようと、何をしてくれようと、絶対教えないからね?」


 嘉琳は手を合わせて、雑に一生のお願いを使う人間のように頼み込んできた。私の冷ややかな困り顔が目に入らないのだろうか。そりゃそうか、目を瞑ってるもんね。


「ありがとう、その寛大な御心に感謝しますっ。でー、何から聞こうかなー。まずは馴れ初めからかな」

「そんなものはない」

「初めから仲良かったわけあるかい。幼馴染だったとしても、何かないの?」

「んあーもう、一目惚れだよ一目惚れ」

「おー、じゃあどこに惹かれたの……」


「その質問には答えない」

「えー、当たり障りないよねー」

「はぁ?ていうか、そうやってへらへらするのも辞めてくれない?」

「わかったよ。もう聞かないから……」

「こっちも質問させてもらうけど、何を意図して、わざわざそんな事を朝っぱらから聞いてきたの?」

「それは……純粋な好奇心と言いますか。だって気になるのが、むしろ普通でしょう!?」

「そう。もういい、二度と話しかけないで」


 口を滑らせて、とんでもない事を言ってしまった。さすがに取り消したかったけど、口を押えて自省した様をアピールするのは、真実の愛が許さなかった。


 いいんだ、嘉琳は鏡花との仲を引き裂こうとしたんだから。嘉琳だけはそんなことをしないって、どこかで思い込んでいたけど、それは都合のいい妄想だった。私の夢に口出ししてくる人間は、片っ端から排除しないと。


 私が早歩きで振り切ろうとすると、嘉琳は往生際悪く腕を握って引き留めてくる。こういうことをされると、余計な噂が流れるんだよね。


「どうして、あの子以外のことを、全部かなぐり捨てようとするの……?」

「捨ててなんかないっ!」


 レストランで、次の料理が運ばれてきたら、その分のスペースを作るようなものだ。同時に注げる愛情にも限りがある。こんなに論理的な判断に、嘉琳は感情的な反論ばかりしてくる。


「自分がおかしくなってる自覚がないの!?」

「そんなこと、簡単に言わないで!」

「今日の態度で確信したよ。自分の行動に自信があったら、私ほどの友達を見捨てたりしない!」

「知らないよ、勝手に被害妄想を繰り広げてれば?」


 嘉琳はこれ以上の武器がないようで、ゆっくり私の腕から力を抜いていく。あまりにも心理的に負担がかかっていたようで、一瞬だけ清々しくなれた。


 そう、嘉琳を見放してから、たった数秒だけ。すでに、私の思考は収拾付かなくなっていた。


 私が好きだったのは莞日夏であり、それは今も変わらない。では鏡花は、私の中でどういう位置付けなのだろうか。莞日夏の代わり?それとも本当に一目惚れしたの?


 あらゆる補正が加わった、この継ぎ接ぎ足しの愛の原理を探れば、碌なことにならない。そこで賢い私は今まで、鏡花に愛情を注ぐという結果だけに焦点を当て、中身を断じて覗かなかった。そうすれば、私は不幸にならないし、この行き場のない想いも慰められると思った。


 だけど、そんな絶妙なバランスの上に成り立っている幸福を、嘉琳は壊そうとした。ぐるぐるかき混ぜて、意図的に錯乱させようとした。私の勘は正しかった、嘉琳からは逃げないと、次は私が壊れてしまう。


 いやもう、鏡花のことは純粋な目で見られない。私は鏡花に莞日夏を重ねて、灰の中の予定をこなそうとしていたんだ。鼻につく台詞の全てが嘘になる。お終いだ、嘉琳のせいで、私は一生涯報われないし、鏡花は傷付くかもしれない。


「ぽよぽよ~、おひさしぶりです、そんなにいそいでどこ行くの?」

「違法薬物に手を染めて、警察官の点数稼ぎにでもなってあげたほうが、世間のためよ」

「ちょっとちばにゃん、であいがしらに言うことじゃないのーっ」


 バンド絡みのことを冷たくあしらっていたら、いつの間にか桜歌からの心象も地に落ちていた。まあ、桜歌の戯言などどうでもいい。嘉琳にせよ雪環にせよ、自分の正義を他人に押し付けるような人間は最低だ。私のように、自分の正義は自分の中だけで完遂するべきなんだ。


 立ち止まって損した。無視して鏡花の元へ急ごう。一人で足踏みしていても、壁は越えられない。けれども鏡花と二人なら、きっと答えを見つけられる。そう思うのが、最後の希望だった。


 今日は本当に静かな場所に行きたい。鏡花を連れて、静謐な住宅街の奥地へと進んでいると、鏡花は忽然と腰に手を回して、軽くしがみ付いてきた。


「どうしたの?」

「ん……何でも」

「甘えたくなった?」

「そんなんじゃない。待てぐらいできるし」


 鏡花の視線の先を血眼になって追い求める。恐らく、庭先で太々しく座っている、鎖に繋がれた飼い犬を警戒したのだろう。まるで嘉琳のように、私たちの絆を疎ましく睥睨していた。


 適当に角を曲がっていくと、誰もいない小さな神社を見つけた。公園も併設されているが、子供の気配はまるでない。私たちは、社の土台に寄りかかり、肩を寄せ合った。


「今日は涼しくて過ごしやすいねぇー」

「んー、お腹すいたー」

「いつもそればっかり……。5W1Hが不明な飴ならあるけど、いる?」

「うん!」


 私はいつもより多く、鏡花の顔を見つめた。鏡花は何も変わっていないけど、余計なことを考えてしまって、どうしても躊躇してしまう。私は鏡花を鏡花として愛せない。この事実はあまりにも重かった。


 鏡花を莞日夏としても貫けば、グングニルを弾く強い覚悟で締め付けておけば、倫理的な問題を残しながらも、鏡花が反旗を翻すまでは、自由にのびのびしていられただろう。でも私は後ろめたさに負けた。一生懸命突き進むことで、曖昧にし続ける、今を最悪にする選択肢を選んだ。


 どうしてあの時、背後に注意を払わなかったんだろうとか、見境ない後悔で前が見えなくなる。別に涙ぐんでいるわけではなく、鏡花が私の愛を試しているだけだ。何とも言えない香料の風味が、微かに口の中に広がった。あぁ懐かしい……。こんな日もあったんだよ?諦めきれないじゃん……。


「んーっ、明日も頑張れるー」

「そう、良かった」

「なんか共同作業したい。絵を描いたり料理したり……。時雨は何がしたい?」

「えっ?そうねぇー、かっ、考えとくよ」


 まあ無事に、今日も鏡花を見送ることができた。でもなんか、馬鹿みたいに見えなくなるまで手を振るのは辞めておこう……。

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