ルイーザ・フォン・エーレンフェスト
放課後、何やら人の声のする方向に釣られていくと、何人かの生徒が円環状に並んで、騒ぎ奉っていた。その視線の先は、中央にいる金髪の少女、なんだ、いじめか?しかし、職員室の前でやるとは、中々勇気あるなぁ。私はいじめっ子に負けない、正義の力を見せつけてやることにした。
「おい、皆の衆!そこで何をしている。新入生に寄ってたかるなんて、このルイーザ・フォン・エーレンフェストの名の下に、正義の鉄槌を下ろさねばならぬ。ただし、今この瞬間にその金髪を解放するというのなら、今日のところは見逃してせしめよう」
「待って待って、うっうちらは、そんなつもりじゃ……。ていうかうちらも新入生だしーっ」
円環を構成していた生徒が一斉に振り返ってきたかと思うと、その中でも本物の思わしき貝殻の髪飾りを付けた、ひときわ人当たりの良さそうな少女が、環を乱して飛び出してきた。それにしても、どの人の目も存外優しい。
「ほんとだ、後ろからじゃリボンの色が見えないから、てっきり同級生に相手されない2、3年生が1年生をいじめて、自己顕示に勤しんでいるのかと」
「なんかそーいうことされたことあんの……?」
「ないけど……。だって経験あったら、ビビッて絶対不干渉を貫くでしょ。そしてトラウマフラッシュバックで、発狂からのSAN値チェック」
「わっかる~っ、こっわい先輩って、本当に怖いよね!」
「そうそう、こっわい先輩……きつい部活入ったことないから、神話の中の存在だわ」
「えーっ、じゃあバスケ部入ろー?やばい先輩いっぱいいるよー!」
「おっほん、わしは正義の味方、そんなことに現を抜かしてはいられぬ」
「正義の味方も体力つけないとね~。だいじょぶだいじょぶ、そんな運動神経良くなくても、何とかなるからー!」
貝殻少女は、ゆっくりと距離を詰めてきた。手遅れになる前にこれを躱し、足を前に踏み出す。
「まっ、とりあえず、正義の味方ルイーザ様が、その金髪はお預かりするぜーっ」
私は状況を掴めていないからか、それとももしかしたら本当にいじめられていたからか、真顔を貫く金髪の少女を、貝殻少女が開けた穴から手を引いてさらった。
しかし、運動部の連中特有の、横溢な生命力と猛烈なノリをもって、彼女たちは笑顔で追いかけてきた。彼女たちにとってはただのお遊戯、だが “正義の味方” にとってはミッションインポッシブル。クソっ、犬になってもやっていけそうな奴らめ……!
私が初回特典ボーナスのスタミナを使い切ると、今度は金髪が私の手を引っ張って、学校中を縦横無尽に逃げ回ることになる。それでも最初は、振り返って鬼の表情を嗜む余裕があったが、もうそう言っていられないぐらい息が上がって、死ぬかと思った。こんなに命って脆いのか。
体育館のフロア全体を見下ろせる二階まで逃げてきた。ちょうど体育館に到着したので、貝殻少女たちはそのまま練習を始めたらしい。とりあえず、これで一安心……、私は膝で床を突いた。
「金髪……私を殺す気か……」
「私はあなたが全力で逃げたいと考えていると認識し、そのお手伝いをしたまでです」
老婆心には感謝だが、それとは別に、全く息が乱れていないのが腹立たしい。運動部の人たちは、みんなこうなのか?犬でも舌を出すぞ。
「はぁ……、念のため聞いておくが、あのミステリーサークルは何だったんだ?」
「私の反応を模索するための集まりだと推測してます」
「反応?家族でも人質にされてるの!?なっなら、私と取り返しに行こう!」
「あなたの家族ではないので、そのお気遣いには感謝しますが、今回は張り切らなくても大丈夫です」
「いや、その淡々とした態度から察するに、絶対家族奪われてないよね」
「そうですよ。私の家族が第三者に捕らわれているという事実は、現時点で確認していません」
何だ?この、師範に丁寧な型ではめられているような感触は。
「まっ、いじめられてるってわけじゃないならいいけど……。そういうことをしてくる人がいないとも限らないから、気を付けてね」
「キュートアグレッションという現象ですね!」
「小動物みたいでかわいいーって、自己申告されても……」
「客観的に自己分析した帰結です」
「客観的すぎるよ」
「でも客観的に分析した結果、あのように愛でられたり、護られたりするだけでなく、他人から尊敬されたい、という感情を潜めていることがわかりました」
「ほーん、そうかそうか、それならいい方法があるぞい」
「非合法的な手段でなければ、すぐに実行に移そうと思います!」
「ふふん、僕と契約して、何かバンドやってくれない?」
「それは違法な行為とセットではないですよね」
「何にも違法なことはないし、何?その節で働いてる人に謝りなさい?」
「すいませんでした」
「うおっ、やけに素直……。これはいい労働者になれそうだ」
私はいつもひねくれた人としかかかわってこなかったんだなーと、ここで実感した。
本当は救世主になって、その見返りを要求するつもりだったのだが、そんなヤクザ紛いなことに手を染めなくて済みそうである。従順な金色の毛を持つ子羊……これを剃ったら金になるかな。
「ところで、あなたの名前は?」
「信濃 天稲、信州の信に、濃尾平野の濃に、天降川の天に、手稲区の稲で信濃 天稲です」
「天稲ちゃんかー。よーし、頑張ってねー!」
「バンドと言っても、何の楽器を担当することになるんでしょうか?」
「それはもう、ブブゼラ一択でしょ」
「なら、買ってきます!駅前に楽器屋ありますよね!」
「待て待て、迂闊で有耶無耶な冗談だったのは、反省してるから!」
天稲は初めて焼きそばパンを買いに行くような感じで、元気良くブブゼラを買いに行こうとした。まずい、ライブでブブゼラを吹くことが個性になってしまう。




