序列
屋上を解放した私たちは、放課後をそこで過ごすことが日常となった。ありったけのお菓子を懐に忍ばせ、今日も莞日夏と教室を出ようとしたら、誰かが私の名前を呼んできた。璃宙と莞日夏以外から自分の名前を聞くのは久々だったので、一応、足を止めてあげた。
「鶇巣と四衢かー。なんか用?」
「あぁ……大した用ではないんだけど……」
「駅前に美味しいパン屋さんができたらしくてな。なんと、表参道の有名店で修業した人がやってるらしいで。せーっかくだから、私たちと行かんかー?」
二人は学年の中心、男女混合仲良しこよしグループの一員だ。元は私もそこにいたのだが、数か月前に村八分にされて、彼女たちとの関わりもすっかり無くなった。私と一言でも交わせば、今度はその人がいじめられる。沢山の友達を失ってまで、私と交遊するメリットはないので、こうなったのも自然の理である。
そのはずだったのだが、というか耳を疑ったのだが、二人は多少の躊躇いを含ませつつも、私に遊びの誘いをしてきた。別の遊び道具でも見つけたから、もうどうでもいいってことだろうか。
「時雨ー?どうするのー?」
「今までの所業は、悪かったと思ってる。突然謝られても、納得できないかもしれないけど……」
「言い訳がましいけど、空気に逆らえなかっただけだからっ。私たち、本気で仲直りしてーんだ。多々良なら、わかってくれるよね?」
「私も、多々良ともう一度、無為に過ごしたい」
「いや、莞日夏と遊ぶから。私のために、頭を下げないでよ」
「んー?じゃあ私、今日はゆきの元に行くねー」
「それじゃあ、私がひとりぼっちになっちゃうじゃん」
私は莞日夏がどこかにふらついていかないよう、素早く腕を組んだ。しっかり肩を締めて、莞日夏と体を密着させ、片方の口角を上げた。こんな、一笑に付すような態度をとれば、二人とは金輪際、視線が交わることもないだろう。
勝利の余韻に浸るあまり、未練があると勘違いされたら困るので、そのまま莞日夏と腕を組んだまま、雪環の机の中から鍵を取り出し、いつも通り屋上へ向かい、柵の付け根に腰掛けた。
「あの人たちは、友達じゃないの?」
「さあ?でも、莞日夏と過ごす時間のほうが大切だから。この時間だって、こんなに幸せだけど、残念ながら有限なんだよ?少しでも長いほうがいいじゃん?」
私はポッキーを莞日夏の口に向けた。そうすると、今手に持っているいかなるお菓子よりも、優先して食いついてくれる。それを見ると、莞日夏以外のことがどうでもよくなる。
「ん……、なんで笑ってるの?」
「えぇー?それはもう、莞日夏って食いしん坊だなぁーって」
莞日夏の弁当箱は、運動部の男子が食べるような、無骨でとにかく大きいステンレスの箱である。そんな弁当を食べているはずなのに、夢中でおやつを頬張れるのだから、そう名状するしかない。まあ、陽だまりでいるためには、それなりにエネルギーが必要なのだろう。
「私がお菓子食べてるところ、そんなに面白い?」
「嬉しいよー」
「ん……、おかしい……」
「おかしくないって。莞日夏には、そういう力があるんだよー」
「ずっとおかしい……。だって、私と過ごす時間が大切なんて……」
「莞日夏は命の恩人だから。感謝の気持ちも込めて……当然でしょ?」
「おかしい……」
莞日夏はジト目で私を睨みつつ、手と口は一定のペースで動いている。こんなに愛しいと、莞日夏の顔を両手でぐしゃぐしゃってやりたくなっちゃう。欲望を抑えられないでいると、彼女も生ぬるい手で反撃してきた。こんなに綺麗で可憐な莞日夏が、自分の手中にあるなんて。
お金よりもよっぽど大切なものを見つけられた気がした。この時間は、この子は誰にも渡さない。
「うおあー、仲睦まじくていいねー」
「あ、ゆき、来てたのね」
「15分だか30分だか40分だか知らないけど、璃宙ちゃんをずっと見てるの暇なんだもん」
「ん、食べ尽くしちゃった」
「いいよー、お腹すいてないし」
「階段上ってきたんじゃないの?」
「そんなのでお腹すかないよっ」
「ん、あの人たちが言ってたパン屋さん行くのは?」
莞日夏がワイシャツの袖をつまんで、そう提案した。
「まだ食べる気?」
「ん……?」
「いいよー。璃宙ちゃんに差し入れしてあげたい」
「そうかぁ。じゃあ行きますかー」
「うん!」
莞日夏が手をピンと挙げて、息が止まる程の笑顔で頷く。その横で幸せそうに微笑む雪環と共に、私たちはどこにあるか知らないパン屋さんを目指した。まるで存在すら定かではないヴィンランドを目指したエリクソンのように。




