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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第2話:木に竹を接ぐグルーオン
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媚びは売っておくもの

 私は怒りに満ちている。よって、シーサーとかみたいな、怖い形相になりたいのだが、これが結構難しい。素体がかわいいからだろうか。


「今日はやけに静かね。何を企んでるの?」

「おー、そう見える?見えるかー……見えるじゃねーよ!」

「そんなカリカリなさんなって。カリカリしていいのは、チーズと勉強だけなんだから」

「あのっ、あんた多分絶対故意に、私のLINEを無視してるでしょ?」

「何の事?ちゃんと見たはずだけど」

「質問に答えろよっ!見ただけで満足しないで」

「質問?」

「英語で電子辞書必要かどうか聞いたやん」


 時雨は制服のポケットからスマホを取り出し、私に昨晩のやり取りを見せた。


「『英語で電子辞書いるんだっけ』ってのが、私には独り言に見えたからー。自分に言い聞かせて、その命題の真偽を自分で判断しようとしているのかなぁって」

「私がいつ、時雨とも個チャを自分のメモ帳にした?してないよなぁ!?」

「いやーその時ちょうどお風呂に入ってましてねー」

「出てからでも別にいいだろっ!」


 ギアが上がれば、自然とそれらしい表情になっていた。ん?ギアを上げると、トルクが下がって……?おー細かい話は気にしないでおこう。まあ、時雨がそういう人間なのは薄々気が付いていたので、これからは頼らなければいいだけである。それはさておき、私の使命を思い出した。


「そう言えば時雨、部活って入ってなかったよね」

「何、勧誘?そういうのは一年早いと思うよ」

「えー、バンドとか組まなーい?」

「無理無理、あんなにギラギラテカテカシャラシャラしてるものもないよー」

「何だかアバウトな偏見だなぁ。大丈夫だよ、そういう人は入れるつもりないから」

「はぁ?そ、そもそも興味ないし」

「あれか?小中と、音楽の成績が散々だったとか?」

「失敬な、ずっと5段階中3をキープしてきましたーっ」


 時雨は少しためてから、誇らしげにそう言った。本来、私の役目はここで困惑することなのだが、懸命にリコーダーを練習している時雨の姿を想像すると、吹き出しそうになった。


「まっ、そういう反応すると思ったよ。さーって、今日も一日がんばろーっ!」


 電車が白山駅構内に入線していく。時雨はうつむいて無言のまま、今日を頑張る気がないらしい。

「ねぇ、本気でバンドやるの?」

「あー、まあそうだよ」

「で、数が足りてないと」

「そうだね。やる?」

「うん、しゃーないから」


 時雨らしい回りくどい御託がなかったので、ふざけるにもふざけられず、前をいそいそと歩く磯貝を見ていた。


「ん、嘉琳、転んだの?」

「え?あー、ちょっと足をくじいてしまって……」

「そんな歩きにくい靴履いてるから……。やっぱりスニーカーがいいよ」

「いや、この世界の安寧のために、あえてくじいたんだよ。靴の種類とか関係なく」

「そんな世界、滅んでしまえ」


 例の話は川のせせらぎみたいに、人知れず流されていったが、改めて考えてみると、時雨がバンドをやるって意味がわからないし、何か一人メンバーが決まっちゃったし、やっぱりあれはその場しのぎだったんじゃないかと思ったり、でもあの間は何だったんだと思ったり、おかしい、あんなのっておかしいよ!


「おかしい……このなりで眼鏡をしてないのは、あなたも似合わないと感じる?」

「えっ?さあ……、高校デビューと同時にコンタクトレンズにでもしたんです?」

「そんな煩わしいことするわけないじゃない。これくらいの距離感で、教科書の日本語すら読めなくなったら、検討の余地があるってぐらい」


 低くて研ぎ澄まされた声の主は、私に手を焼く前に読んでいた魔導書を、胸ぐらいの高さで開きなおした。


 前をよく見ないでぶつくさ呟きながら歩いていたら、薪の代わりに、次呑み込む予定の魔導書を背負った二宮金次郎と、こんな感じでご対面してしまった。そこはかとなく、ただならぬ気迫を感じる。


「それはともかく、いったい何を読んでらっしゃるんだ……?まず、ラテン文字とか、キリル文字とか、そういうメジャーなのではないのは確実だし、ビルマ文字みたいな一生かかっても読めなさそうな類いのやつでもないし……」


 さすがにツッコミを入れないのも失礼かなと思い、その魔導書を現代に引き戻してもらうことにした。まあ、もし本物の魔導書だったら、次の瞬間には存在ごと抹消されていそうなものだが……いや待てよ、消した魔女本人は、私のことを忘れないんじゃないか?だとしたら、世界中で私を覚えているのは、目の前の人当たりの最悪な魔法少女だけになり、それはそれでロマンチックな展開かもしれない。


「踊る人形、世界で最も有名な暗号で書かれているの」

「あー、言われてみれば……?でもこんなに人の形をしてなかったっけ?旗持ちとかいたような……」

「だって嘘だから。これはヒエログリフ」

「おい嘘かよー!嘘はわかりやすく、通じやすく、笑いやすくっていう鉄則をご存知ない?」

「いったいどこの冷笑系主人公のお言葉?10年後もネットミームとして使われていたら、認めてあげなくもない」

「いや、私の言葉だけど。あんたに言いたいことを詰め込んだ」

「返す言葉に困ったし、早く教室に戻りたいんだけど。いつまで立ち塞がってるの?」

「えっ、あーごめんなさいね。でも読書しながら歩いて、他の人にぶつからないように、気を付けてよ」


 私はそう言って、読書家に進路を譲るため横にずれた。しかし彼女は、さらにそれを避けるように通ろうとして、私の後ろから来た人にぶつかりそうになる。


「今、どいたのに……」

「でも、あなたがさっきまでそこに存在したわけで、実質体を重ね合わせることに他ならないから、気が引けるの」

「はぁ?つまりこうすれば……」


 私は廊下の端と端を入念に往復した。


「じゃあ下の階を通って回り道するから。こんなことに毛を逆立てるなんて、まだまだ中坊気質が抜けてないのね」

「それ、あんたが言うかー?」


 気を逆撫でするようなことだけ言い放ち、不審な少女は、猫背で本を読みながら、階段を下りていった。

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