うさぎ追いしリバイバル
今日はやけに美術室で活動している人が多く、囂々としていたので、二人で遊んで帰ることにした。学校内でお喋りしているのもいいけど、広漠とした世界へ羽ばたき、空の青さと人の多さをつまみに語り合うのも、鏡花とならきっと楽しい。
「行きたい場所とか、あれ食べたい、これで金溶かしたいとか、ご希望はありますか?」
学校出てすぐの横断歩道で信号待ちをしている最中、急に返事がなくなった。鏡花はどこか一点を見つめているようだ。彼女の視線を追うまでもなく、私は道路の真ん中にうさぎが鎮座していることに気付いた。
鏡花は見捨てられるはずもなく、車が来てないことを確認したら、カタパルトもないのに打ち出されていった。それに驚いた茶色くくすんだうさぎは、同様に道路の反対に走っていく。そうしたら、鏡花が命を賭して追いかけ始めた。
鏡花の足が統計的に速いのかは定かではない。ただ、私より持久力がある。GW前の最後の一撃と言わんばかりに、太陽が燦々と照り付けるので、すっかり体力を奪われてしまった。まあ、いい汗をかいてるなぁとは思うけど、不快であることに変わりはない。
あまり土地勘のない住宅街を縦横無尽に駆け回るものだから、私はすっかり迷子になっている。果たして、うさぎを捕まえられたとして、家に帰れるだろうか。そんな懸念を持たず、少女はどこまでも走っていった。
いつもぼんやり夢気分のくせに、きちんと体力は有り余っている。それは私も例外ではなく、何とかへとへとになりながらも、見失わずに済んだ。
「はぁーっ、もう無理だぁ……」
今回の個体はルーコスよりすばしっこかったのか、それとも璃宙というクトゥルフ神話に登場しそうな体力の持ち主がいなかったからか、捕まえる前に私たちが力尽きた。鏡花は河川敷の斜面に、手足を広げて大胆に寝そべった。
髪の毛が泥で汚れるなーとか考慮しない、無垢な鏡花が羨ましくて、呼吸困難なのに真似していた。しばらくすると、春と夏の境目な雰囲気が体に馴染んで、心地良くなってきた。
横では鏡花が大きく口を開け、お腹を膨らませたりしぼませたり深呼吸しつつ、今にも鼻唄を歌いそうにしていた。そんな無防備な姿を目の当たりにしてしまうと、私の中で着実に確信と覚悟が芽生えてしまう。
「うさぎ、好きなの?」
「うん!お母さんがうさぎ年だから!」
某小鳥さんよりはまともな理由だった。まあそもそも、好きになるのに理由は必要ないはずだ。美味しいから、かわいいから、それより先に進もうとすると、黒歴史が出来上がる。
「惜しかった、尻尾には触れたぁー」
「地元だったらなぁー」
「まーいいやぁー、満足したー」
神が作りたもうた自然な笑顔に、私は釘付けにされた。人が笑っているだけで、こんなに多幸感を味わえるなんて、おかしな話だ。
横を向いてぼーっとしていると、鏡花が忽然と起き上がって、影となって襲い掛かってきた。
「鏡花……?」
「ありがとーっ」
「んあっ、どうも……」
「ありがとーっ」
「こ、こちらこそ?」
鏡花は目を瞑って、思いっきり感謝をぶつけてきた。呂律が回らないって、こういう感じなんだ。慌てふためいていることを悟られまいと、息すら止めていると、鏡花が言葉を抽選し始めた。
「んー、ん-……」
「まだ何かあるの?そろそろ行かない?」
「時雨……?と話すの楽しいから、これからも……一緒に」
「あーもうっ、かわいいなぁ鏡花はぁっ!」
欲望がオーバーフローする前に、口に出してフレアスタックしてみた。それでも足りないので、逆に鏡花の目をぐるぐるさせようと、私が上になってやった。
「んー?私に、こんなに興味を持ってくれる人、今までいなかった。だから、ありがとう?」
私は為す術なく、ステーキのようにひっくり返って、再び芝生の上で大の字になった。笑いが止まらない。空を仰いでいればバレないかなぁ。
「ふふっ、これからもずっと、鏡花のそばに居てあげるからね……」
「ところで時雨、行きたい場所ならあるよ」
「おー、どこー?」
「日本にはうさぎがいっぱい居る島があるらしい……。行きたい」
「いつか行こうね。高校卒業してからとか」
「んっ、今の話じゃなかったの?」
「無理だよっ。ペットショップとか、そういうので我慢してください……」