味気ない学校生活
やっぱり今日も、島袋鏡花はカーテンの向こうで黄昏ている。もちろん、ここまで自然と足が動いてしまった。やっぱりそこに居てくれるんだね。
無駄に小走りをしたので、色々な意味で呼吸を整えてから、カーテンをめくった。別に話し掛けるだけなら、襲い掛かってきたりしない。鏡花は穏やかに、そして仕方なさそうな表情をして振り返った。まだ期待するには早過ぎる、落ち着け私。
「別に、美術部に入ったわけじゃないんだ」
「ん……」
「じゃあ、絵とか芸術には全く興味ない?いくらでも手伝うよ」
鏡花は微かな首の動きで、自分の意志を控えめに伝えた。
「昔からぁそうなんだよぉ。下手なのかなぁ」
「人には向き不向きがあるからね。それより常葉、あれをお願いしてみたら?」
「あっそうだぁー。時雨さぁん、鏡花に学校を案内してあげてよぉー。毎日、放課後、迎えに行くの、大変だからぁ」
生徒会長から直々に、素晴らしい機会を貰った。紹介できる程、この学校について熟知しているかと言えば……いや、はくさいで蒔希と学校中を歩き回ったんだった。意外と余裕かもしれない。
鏡花はよそよそしい感じもなく、美術室の窓辺で座っている時と同じ表情のまま、私に付いてきた。
「まずは、鏡花……の教室まで行こうか。何組?」
「1」
「おっけー、こっちのアトリウムを通るのが楽だよー」
迷う要素なんてどこにもないが、大人しく3階から5階まで上って、鏡花の教室までの道筋を示した。音を上げてたらみっともないので、頑張った。
「懐かしい……。あっ、そこの右の掲示板は、生徒会の許可なく自由に掲示物を貼っていい場所だよ」
「ん……」
「あそこのゼミ室は、総合遊戯部っていう、囲碁とか将棋とかボドゲをやる部活が使ってるんだったかな。確か、幽霊部員率をパソコン部と競ってるらしいよ」
「ん」
「さっ、この階はこれ以上見るものないし、4階に下りようか」
最初は興味があるのかないのか曖昧だったが、次第にちゃんと頷いてくれるようになった。いやよく考えたら、上の階、ひいては新校舎ってそんなに見所がない。よく迷うのは、専門教室がひしめく旧校舎のほうである。でも、ここを飛ばすわけにはいかない。
「ここが、私も所属してる軽音部の活動拠点。たまにここで練習してるよ」
「ん。ギター弾けるの?」
「私はベーシストだけど、まあ多少はね」
「すごい」
そんなに言われたら、重いから背負っていかなかったけど、今度美術室で披露してみようかな。と、鼻の下を伸ばしていたら、中から飛び出してきた嘉琳と鉢合わせた。
「あ、時雨じゃん。その人は?」
「島袋鏡花、常葉先輩の幼馴染らしい。学校案内してくれって “頼まれた” 」
「へぇー。意外にそういうこともするのね」
「そんなに意外かな」
「まっ、それはそうと、颯理はまだ家に引き籠ったままらしいんだけど。その、時雨からも、励ましてあげてくれない?」
「んあー、承知いたしましたー」
あのライブから3日も経ったというのに、颯理は未だに自身の失態を引きずっているらしい。在りし日の私もそうだったが、嘉琳のような奇跡でもない限り、そこから這い上がれないだろうなあ。私ごときに鞭打たれたところで、望みは薄そうである。
ふと隣に目線を向けると、鏡花は大っぴらでは無いとは言え、少々嘉琳に怖気付いているようだった。二人きりでいた時に、相手だけの友達がやって来て、雑談し始めた時の心細さは、多分計り知れない。業務連絡はこの辺に切り上げて、学校案内を続けることにした。
「ん」
「どうした?」
歩いてる間の半分ぐらいは、鏡花の仕草に陶酔して、莞日夏のことを追想しているので、彼女が物言いたげにしていると、すぐに反応できる。
「えっと、たの……しい?」
「うーん?」
「私といて、楽しい?」
返答を練っていると、鏡花は念を押してくる。急に距離を縮めてこられたので、こっちがどきどきしてきた。思わず顔を上げて、腕を組んでしばらく惚けていた。
「ん……?」
「そうだよ。そういうことが気になってくるってことは、私たち、もう立派な友達だね」
何とも憫笑を誘いそうな、痛々しいフレーズだったが、そんなのどうでもいいぐらい心は躍っているし、何より鏡花は気恥ずかしそうに目を伏せてくれた。
真の幸せが水平線の向こうから、ようやく頭をじんわり浮かび上がらせてくれた気がする。これは出来の悪い夢でもない。本物が1つしかないって、誰が決めたのだろうか。




