表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第10話:鏡花水月のイデア
195/212

味気ない学校生活

 やっぱり今日も、島袋鏡花はカーテンの向こうで黄昏ている。もちろん、ここまで自然と足が動いてしまった。やっぱりそこに居てくれるんだね。


 無駄に小走りをしたので、色々な意味で呼吸を整えてから、カーテンをめくった。別に話し掛けるだけなら、襲い掛かってきたりしない。鏡花は穏やかに、そして仕方なさそうな表情をして振り返った。まだ期待するには早過ぎる、落ち着け私。


「別に、美術部に入ったわけじゃないんだ」

「ん……」

「じゃあ、絵とか芸術には全く興味ない?いくらでも手伝うよ」


 鏡花は微かな首の動きで、自分の意志を控えめに伝えた。


「昔からぁそうなんだよぉ。下手なのかなぁ」

「人には向き不向きがあるからね。それより常葉、あれをお願いしてみたら?」

「あっそうだぁー。時雨さぁん、鏡花に学校を案内してあげてよぉー。毎日、放課後、迎えに行くの、大変だからぁ」


 生徒会長から直々に、素晴らしい機会を貰った。紹介できる程、この学校について熟知しているかと言えば……いや、はくさいで蒔希と学校中を歩き回ったんだった。意外と余裕かもしれない。


 鏡花はよそよそしい感じもなく、美術室の窓辺で座っている時と同じ表情のまま、私に付いてきた。


「まずは、鏡花……の教室まで行こうか。何組?」

「1」

「おっけー、こっちのアトリウムを通るのが楽だよー」


 迷う要素なんてどこにもないが、大人しく3階から5階まで上って、鏡花の教室までの道筋を示した。音を上げてたらみっともないので、頑張った。


「懐かしい……。あっ、そこの右の掲示板は、生徒会の許可なく自由に掲示物を貼っていい場所だよ」

「ん……」

「あそこのゼミ室は、総合遊戯部っていう、囲碁とか将棋とかボドゲをやる部活が使ってるんだったかな。確か、幽霊部員率をパソコン部と競ってるらしいよ」

「ん」

「さっ、この階はこれ以上見るものないし、4階に下りようか」


 最初は興味があるのかないのか曖昧だったが、次第にちゃんと頷いてくれるようになった。いやよく考えたら、上の階、ひいては新校舎ってそんなに見所がない。よく迷うのは、専門教室がひしめく旧校舎のほうである。でも、ここを飛ばすわけにはいかない。


「ここが、私も所属してる軽音部の活動拠点。たまにここで練習してるよ」

「ん。ギター弾けるの?」

「私はベーシストだけど、まあ多少はね」

「すごい」


 そんなに言われたら、重いから背負っていかなかったけど、今度美術室で披露してみようかな。と、鼻の下を伸ばしていたら、中から飛び出してきた嘉琳と鉢合わせた。


「あ、時雨じゃん。その人は?」

「島袋鏡花、常葉先輩の幼馴染らしい。学校案内してくれって “頼まれた” 」

「へぇー。意外にそういうこともするのね」

「そんなに意外かな」

「まっ、それはそうと、颯理はまだ家に引き籠ったままらしいんだけど。その、時雨からも、励ましてあげてくれない?」

「んあー、承知いたしましたー」


 あのライブから3日も経ったというのに、颯理は未だに自身の失態を引きずっているらしい。在りし日の私もそうだったが、嘉琳のような奇跡でもない限り、そこから這い上がれないだろうなあ。私ごときに鞭打たれたところで、望みは薄そうである。


 ふと隣に目線を向けると、鏡花は大っぴらでは無いとは言え、少々嘉琳に怖気付いているようだった。二人きりでいた時に、相手だけの友達がやって来て、雑談し始めた時の心細さは、多分計り知れない。業務連絡はこの辺に切り上げて、学校案内を続けることにした。


「ん」

「どうした?」


 歩いてる間の半分ぐらいは、鏡花の仕草に陶酔して、莞日夏のことを追想しているので、彼女が物言いたげにしていると、すぐに反応できる。


「えっと、たの……しい?」

「うーん?」

「私といて、楽しい?」


 返答を練っていると、鏡花は念を押してくる。急に距離を縮めてこられたので、こっちがどきどきしてきた。思わず顔を上げて、腕を組んでしばらく惚けていた。


「ん……?」

「そうだよ。そういうことが気になってくるってことは、私たち、もう立派な友達だね」


 何とも憫笑を誘いそうな、痛々しいフレーズだったが、そんなのどうでもいいぐらい心は躍っているし、何より鏡花は気恥ずかしそうに目を伏せてくれた。


 真の幸せが水平線の向こうから、ようやく頭をじんわり浮かび上がらせてくれた気がする。これは出来の悪い夢でもない。本物が1つしかないって、誰が決めたのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ