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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第9話:トールの強迫観念
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メイドの皮を被った決戦兵器

 澪都が指さす先には、黎夢がポケット?に隠していた瓦が、10枚ぐらい積まれている。感覚が麻痺しているのか、大して痛くないのが救いである。


 粉々に砕け散った瓦に、拍手と歓声が巻き起こった。


「流石ねぇ。さて、この間の感謝の意もこめて、あなたのご主人様になってあげるわ」

「ありがとうございます……有難き幸せに何とやらのほうが良かった?」

「えっ、なんかもっと、普通でいいよ……」


 私はご主人様に不敬のないよう、後は周りの空気感に背中を押されて跪いたのだが、どこかやりづらそうにされた。


「それで、無事に給仕になられた水上さんに、メイド服をプレゼントします」

「お姉ちゃん!スキー教室でも、あのおじさんみたいなグレーのスウェットを着てたでしょ。ダサいよ、もっとおしゃれしようよ!」

「ひとことそえるなら、ちゅうねんだんせいは、ぜんいん家でぜんらなのー」


 どうして榊姫まで生徒会室の隣の部屋にいるのかわからないが、メイド服を常着していれば、彼女に文句を言われなくて済むし、かわいいこと以外は文句がない。颯理からそれを受け取ろうとしたら、物凄い険相で念押しされた。


「もちろんもちろん、ちゃんと洗濯しましたよ!?」

「あ、うん……」

「えっと、あれです、なーぜかうちの母が着こなしてたんです……」

「着こなしてるなら、別にいいのでは?」

「良くないですーっ。あーもう、40にもなって何してるんですかっ、娘として恥ずかしい、皆さんも、今度会ったら言ってやってください!」


 颯理は嘉琳を指さしたり、手で顔を覆ったりして、なんか悶えている。いつまでもメイド服を渡してくれない。


「そこまで言われると、気後れしてしまう……」

「ダメだよお姉ちゃん!そこは姉らしく、堂々と!あっ鼻水出てきた。最近、風邪気味なんだよねぇ……」

「危なかったね。血だったら、言い訳できないところだったよ」

「ベーコンを詰めればいいって、ちばにゃんがいってたから、けいたいしてるよ。ひつようになったら、いつでもいってね!」


 榊姫が鼻をかんでいる間に、メイド服に腕を通してみた。おー、悪くない、なんか心地良いし、何より強くなった気がする。頭に付けるやつは鬱陶しいが、それ以外は制服よりいいかもしれない。とりあえず、求められている気配を悟ったので、一回転してみた。


「あー、性癖って表現していた理由がわかった」

「別にそういう意図はなかったけどね……」

「なんか負けた気がするー」

「そんなこと無いでしょ」

「はぁ?どう見たって、こいつに勝てる要素ないじゃん。なんかもう、骨格から違うんだようんうん……その制服着るなら、貴様もミヤコワスレで働けーっ!」

「みやこ……何だって?」

「そうはさせないアレイオス!私のメイドとして、きびきび働きなさーい!」

「あぁ……かしこまりました。で、何をすれば?」


 この服を着ていると、自然とかしこまってしまう。しかし、喜々として同級生に頭を下げているこの光景は、客観的に見ておかしなものである。澪都はとても困った顔をした。


「えぇ……、少しは嫌な顔をしてくれてもいいんだけど?」

「一応、恩人ということになりますので」

「それは私にとっても。あのまま死んじゃうかと思ったから……。ねぇ、本当に、これが報いになるのよね!?」


 それはさっき瓦を割れたことで明らかなのに、澪都は心配性なようで、もう一度颯理に確認した。


「もちろんです。もし暴走しても、責任は馬原さんに擦り付けられます」

「安心しなさい。裁く手段ごと破壊してやるから」


 そう胸を張って宣言されると、この人に付き従っていいのか、銀河系に対する太陽系ぐらいのスケールで疑ってしまった。だが、血の繋がっている姉妹だからか、榊姫が同じ疑念を抱いていた。


「なんか、お姉ちゃんが犯罪に巻き込まれないか心配……」

「その件は安心して大丈夫だよ。この人、見かけ通り小心者だから」

「せっ繊細と言いなさい!」


 嘉琳のまるで本質を見抜いているかのような発言に、澪都はやけに甲高い声で、捲し立てるように反撃した。何となく自分のご主人がどういう人間なのか、今さらながら汲み取れた気がする。スキー教室の時は、スキーのことで頭がいっぱいだったのである。


 それは榊姫もまた同じだったようで、顔を綻ばせながら、運動部特有のよく通る声で、水飲み鳥のように風を切る勢いで礼をした。


「こんな姉に、色々よくしてもらって、ありがとうございました!おかげで2つ。妹として気掛かりなことが減りました!」


 自分にそんな欠点があるとは考えてなかった。恐ろしいから自発的には聞かないでおいたのに、まあ気になってしまうよなぁ。


「一つ!友達が少ない!」

「べっ別に、そんなこと……」

「じゃあ、LINEの友達何人いる?」

「増えたし」

「それはこの酔狂な人たちのおかげでしょ?」


 返す言葉もない。でもまあ、変な人たちの輪に入れてもらえて、ちょっとだけ舞い上がって、無茶なお願いも受け入れている自分がいる。それに関してだけは、左腕に感謝しないといけないかもしれない。


「ふたーつ、私服が終わってる」

「それは、誰かに見せるわけじゃないし、ねぇ」

「じゃあ私が見せる。ほい」


 榊姫はスマホを取り出し、一同に私の、一説によれば精一杯背伸びしたお洒落、他の説によれば醜態を晒している。


「名状しがたい趣がある」

「人のファッションに口出しできる立場ではないですけど、これは……」

「神々の領域に達して初めて感じ得る秩序に対する神秘が感じられて、私としては……」

「とにかくっ、これから毎日メイド服を着れば、その辺の問題が解決するじゃないですかー」

「えっ毎日着るの?これ私服?」

「安心してください。2着あります」


 颯理はどこからともなく、スペアを取り出し掲げた。改めて、前掛けの縁の作りこみを確認したり、スカートの裾を掴んでみたりすると、やっぱり自分がメイド服に魅せられていることに気が付いた。榊姫から理不尽にけなされなくて済むし、いいこと尽くめだ。


 私だって人からの評価を気にするので、にやにやしていたら引かれてしまうと思って、慌てて真顔に戻すと、副会長が部屋に入ってきた。


「ちょっ、今度は部外者を連れ込んだの!?やめてよ、私の仕事増やさないで!説得するのも楽じゃないんだよ。何かを切り売らないといけない」

「すいません、お邪魔してます。姉が心配で……。あっ私、新潟市立鷲ノ木中学校2年1組水上榊姫です。よっよろしくお願いします。あっ、菓子折りです。何が口に合うかわからなかったので、和洋中全部持ってきました」

「礼儀正しい子ね。あんまり虫が好かないけど、事を荒げないために、校門まで護送してあげる。お土産はこれくらいの量なら、1日で食べ尽くされるはずだから、余さずもらうね」

「付き添ってくれるのはありがたいですが、問題ないです。入校許可証、貰ってますんで」


 姉として、妹の威光にただ乗りしたくなった。自慢するのはおかしいけど、私なんかよりも上手く世の中を渡っていける人だと思う。


「それならいいけど」

「でも、どんな嘘くさい方便で入校してることになってるの?」

「全然嘘じゃないですよ。部活を見学したくて。この学校のバスケ部には、凄い人がいるんです」

「それって、頭の中も外もくるくるパーのあの人か?」

「嘉琳さん、中身はともかく、外見は否定しないであげてください」

「たまたまくっつけられそうだったから、つい……」

「いやいや、凄いんですよっ!今から皆さんも見に行きましょうっ!」


 本当の目的はそっちだったのではないかと、ほんの少しがっかりした。それでも、妹の不安要素を取り除けたようだし、私にとっても直近1週間は、人生の転機にもなった、とはさすがに言い過ぎか……。

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