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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第2話:木に竹を接ぐグルーオン
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間一髪

 スカウトというのは、元々斥候という意味だったはず。なので、相手の心の奥に忍び込み、音楽をやりたくなる刷り込みをしてやろう。……自分がやりたくないのに、他人に勧められるわけなくね?


 放課後、校内で作戦行動に就いていると、帰り際の時雨に発見された。


「何してるの……?」

「これは……極秘任務なので……。お答えできませーん」

「あっそ。でもやめたほうがいいよ。あからさまに変だから」


 形から入ろうと、迷彩柄のゼッケンを着て、校内では無用の長物である双眼鏡と、武器代わりのドライヤーを両手に、極めつけには美術室などからゴミをかき集めて作った闇球を背負い、隠密行動をしていたのだが、やっぱり技術が伴わないといけないらしい。


「みんなこの格好をすれば、変じゃなくなるね。よーし、時雨も……」

「そしたら、全員がその迷彩を見抜く必要に駆られて、迷彩が迷彩じゃなくなっちゃうよ」

「そうか、そうだわ。オンリーワンだからナンバーワンなんだー」

「まあ、せいぜい頑張って」


 時雨はそう言って、手を軽く振りながらその場を立ち去ろうとした。


「え?帰るの?時雨」

「んあっ?私は息抜きに忙しいので」

「ちょいちょい、それだと私が一人で奇行に及んでいるみたいじゃん」

「その考えが及ぶなら、どうしてそんな周到に用意してしまった?」

「周到?本気でやるなら、ハンドガンぐらいは持ちますー。でもこの国はかたっ苦しいから……」

「そのおかげで撃ち殺されずに、のうのうと生きていられるんでしょうが……」


 とは言え、恥には勝てないので、装備は全部脱いで、困っている人でも探すことにした。救いの手を差し伸べる代償として、バンドメンバーになってもらおう。ただで救ってくれると思うべからず。優しい顔で近付いてくる人間には、必ず隠された邪念がある。


「どうして私まで?」

「残念だけど、ここで私に構ってしまったが最後、20分後の電車にしか間に合いませんよ。ここで一つ暇を潰して行きなさいな」

「ホームのベンチで漫画でも読むから別に……」

「社会的信用が必要な任務だからー。お願いーっ」


 私は時雨の腕を掴んで離さない。最終的に時雨はやれやれと言いたそうな顔をしながらも、私と一緒に校内を闊歩してくれた。


 物理部員なら、ある程度話したことのある人も多いし、チャンスが多いと思って、物理室に足を運んでみる。すると、3年の先輩が特殊相対論の講義をしていたので、せっかくだし聴講してみることにしていたら、その日は終わった。


「どうだった、時雨」

「物の理が通用しない冥府魔道に、お前ら全員ぶちこんでやりたいとポジショントークしたいところだけど、思いのほか面白かった……」


 私が何兆光年も離れた銀河に思いを馳せているかたわら、時雨は理系アレルギーじゃないことを、死ぬほど悔いていた。


「っておーいっ、そんなことがしたかったわけじゃないんだよーっ!」

「そもそも、極秘任務だからって、任務内容を秘密にされてるんですが……」


 とりあえず、私は質問したいことが山ほどあったので、さすがに時雨は先に帰らせてあげた。そう言えば、時雨をバンドに誘えば良かったのでは……?


 今日の放課後を無為にした物悲しさを、カラスの鳴き声に重ねて詠みたくなった帰り道、学校前の横断歩道で、信号が変わるのを待っていると、対岸にいた金髪の少女が突然飛び出した。視界の端で、銀色に輝く4tトラックがちらついている。金髪の生きる世界には、トラックというものが存在しないらしい。きっと、同じく信号待ちをしている人たちは、顔面蒼白になっていることだろう。


 私はピッチングマシンから射出されるボールのような心持ちで、あの金髪を突き飛ばしに、トラックに突き飛ばされに、道路に出ていた。しかし金髪は直前で屈んだので、これに覆いかぶさるような形で、地面に体を打ち付けた。……あれ、生きてる。トラックは、立ち幅跳び一回分ぐらいの距離感で停止していた。


 金髪は私を払いのけると、地面に落ちていたスマホを拾って、対岸で様子を見ていた女子高生に渡しに行った。そのために身命を賭したというのか……。そんなに自分が醜いかと問いかけたくなったが、私も同じようなものだった。トラックの運転手さんにこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないので、膝に鈍痛を抱えながら、私も横断歩道を渡った。


「けがはないですか?」

「え?いやそれより、危ないでしょ、急に飛び出したら」

「危険はありませんでした。なぜなら、あのトラックの運転手は、私の存在に気が付き、十分手前からブレーキをかけています」

「ブレーキが間に合うかなんて、わかんないだろ……。確かにトラックに踏まれたら、あのスマホは粉々だろうけど、だからってあんたが命を擲つ必要はないでしょ」


「あなたの言う通り、もし運転手が突如としてアクセルを踏んだら、私は回避できなかったかもしれません。しかしながら、私たちはある程度のリスクを許容しなければ、生きられないのも事実です。例えば、今通りがかったインプレッサが、Uターンして歩道に乗り上げてくるかもしれませんが、だからと言って私たちは、ここでのんきな立ち話を辞めませんよね」


「菩薩ムーブした後に、そんな中学2年生みたいな言い訳されても……。まっ、とにかく、これからは、自分の……能力というか、野生の勘に頼りすぎないように。……ほら、私みたいな人が、勘違い自己犠牲で、余計な被害を出しかねないから」

「それは困りますね。以後、周囲の人間の安全も鑑みるようにします」


 なぜ、あんなに飄々としているのだろうか。変わった人もいるもんだと、金髪の特異性ばかりに目が行きがちだが、彼女の読みが外れていたら、トラックに轢かれていたのは私なわけで、今さら背筋が凍った。長生きできんのか……?

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