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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第9話:トールの強迫観念
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そぞろにお揃い

 夕食の前に時間があったので、時雨と売店を覗いてみた。


「時雨は家族の分しか買っていかないの?」

「うーん、だって先輩は去年来てるでしょ?」

「いや、雪環ちゃんの分とか……」

「うわーわーわー、決して忘れてたわけじゃないんだからね!」

「あんまり大声出さないの」


 時雨はもう一箱、同じ物を慌ただしく上に積んだ。


「なんか負けた気分だ……」

「ところで雪環ちゃん、最近どう?時雨から見て」

「結構プライドにヒビが入ったのに……。えー、そうだなぁ。少し危なっかしいところはあるけど、一応安定してはいるかな」

「それは良かった。ちゃんと見守ってあげるんだよ。私はあくまでも、 “部外者” だからね」

「部外者ねぇ。ゆきの勉強を見てあげてるのが誰かって話よ」


 困難を乗り越えた二人なら、上手く調節してくれると想定しているが、やっぱり時雨がお節介を焼いているところを想像できない。雪環の口ぶりから、あと一波乱ぐらいはありそうだけど、果たして無事に前進できるのだろうか……。


 私の心配をよそに、呑気な時雨は木工エリアに興味が向かっていた。


「嘉琳ー、あーいうの、おそろいで買ったら、なんか良くなーい?」

「確かに。悪くない」

「あっ、木刀は買わないよ?恥ずかしいから」

「欲しがってないけど?」

「あら、それは名案ね。私もこの棚、全部買い占めようかな」

「それをやったら、私 “も” では無くなるけど」

「細かいことを気になさらずー」


 やっぱりまずは、木刀に目が行ってしまう自分たちに呆れ合っていると、時雨の指摘に耳を貸さない澪都が、背後から這い寄っていた。


「もっと驚いてくれてもいいじゃん」

「なんか、ヌルっと登場したから、驚きようがなかった」


 澪都は私に、至極残念そうな顔を見せた。そんなにおどかす意図があったのなら、背中をどーんってやる……ぐらいじゃ足りない。居合切りで盲腸を切り落とすぐらいはしてほしい。


 とりあえず、一番小さくて安かった、チェスのナイトを模した像を買った。道を異にした彼らに、今後どのような運命が待っているか。少なくとも碌な未来ではないだろうが、それはそれとして人間からすると、良い思い出の結晶になった。


「どうした?」

「いや、別に?」


 よほど気に入ったのか、澪都は袋にしまわず、たてがみの感触を楽しんでいた。一方時雨は、そんな澪都に目を細めていたので、何事か尋ねたがはぐらかされた。


「というか馬原さん、大丈夫だった?」

「へっ!?あぁ、もちろん、朝飯前だった」

「何があったか全然知らないけど、水上さんにお姫様抱っこされてたでしょ」

「何、そんなデマが出回ってるの?私の父は弁護士だから、名誉棄損で訴えようかな」

「噂をどうやって訴えるつもり?現実でIPアドレス開示請求はできないよー」


 そもそも、澪都の父親は医者である。こうやって、頓珍漢なツッコミを入れて、澪都の内心で嘲笑されるところだった。


 初詣に行ったはいいものの、無病息災を願わなかったが為に、二日目終了の集会時に、澪都と椿姫がいないと大騒ぎになったのである。先生方は言葉通り死ぬ気で、各所に連絡を飛ばしていたし、生徒の間でも、どこどこで最後に目撃したとか、様々な憶測が飛び交った。


 まあ結局、それら全てをアンチテーゼにしてしまうように、血塗れになった椿姫が澪都を抱えて、ホテルのエントランスに現れたのであった。


「もう、心配したんだからね」

「うん、怪我してないようで、本当に良かった」

「腰が唐にとっての黄巣の乱ぐらい痛い」

「でも普通に歩けてたし、何日かすれば治るでしょ」

「それと、血が服にべったり付いて、もう最悪。私はメフメト2世の末裔だから、血が大敵なのよね。しかもゆっくりお風呂で洗い流そうと思ったら、別のクラスの時間だから早く出ろって追い出されたし」

「そうだよ、血だよ。何があったの?二人とも怪我してないのに」


 帰ってきた時の椿姫は、先生たちに取り囲まれ、それに若干憔悴しているように見えなくもなかったので、下手に野次馬しに行けなかったのである。一方、これを聞かれた澪都は鼻で笑ってきた。


「イエティに遭遇した」

「イエティの血も赤いのね」

「いや、そうじゃないでしょ」

「じゃあどうだと言うのさ」

「んー?熊とでも戦った、とか?」

「どうして分かった!?そう、スキー板で奴の首を切り落としてやった。だから今日は、熊の頭蓋骨で酒を飲み交わしましょう」


 実際のところは、遭難した澪都を救出している途中、何かと世間を賑わせている熊と鉢合わせたが、上手いこと椿姫の馬鹿力が炸裂して、難を逃れたという感じだろうか。にわかに信じがたい話だが、今までの被害を顧みると、何だか論理的な帰結に思えてくる。


「マスコミに売りつけてみようかな。 “対熊最終兵器!?” みたいなテロップを出してくれるかも」

「人として見てあげなさいよ。まっ、そうだねぇ。見くびってるわけじゃないけど、薄氷を踏むようなことをするのは避けようね」

「こわーいって叫んだだけよ?そうしたら、『私を置いて逃げるんだ……!』とかっこつけて、勝手に立ち向かって……」

「それが原因だよ……」


 やはり澪都の命令にも独り言にも、椿姫の左腕は反応してしまうらしい。しかし、これを運命にしておけば、事件を収束させられるのではないだろうか。


「ときに馬原さん、彼女の主人になってしまう性癖はないだろうか」

「なると、何がお得なの?」

「あの腕をふるい放題になる」

「おぉ、それは面白そうね」」

「その通り。ふざけてるようで、しかもそれが人助けになるんだから、この機会を逃したら損だよ」


 私は澪都の顔を真面目にまっすぐ見つめて、いかにももっともらしい事をお願いしているように、3人を錯覚させた。しかし意地っ張りで、皮相的な彼女は、スキャンダルを揉み消せた政治家のような顔付きで、首を縦に振った。


「何、その狐についばまれたような顔」

「痛々しい表現だなぁ。意外だっただけだよ」

「そう?たまには恩義に報いないとって、思っただけなのに」

「それが意外……いやぁ、何でもないよっ」


「まーよく事情は知らないけど、これで日々是好日が返ってくるのねー」


 今後の趨勢を決める一大事を話し合っていたら、夕食の会場が開場したらしく、2,4-ジチアペンタンや、1-オクテン-3-オールが漂着してきたということは、別にない。

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