少女は今日も、よくできた姉に掬われる
孤独は、かごめかごめの真ん中には劣っても、そんなに不倶戴天の敵にするものでも無いと、さっきまでそう信じていた。昔は栄光ある孤立こそ、私にふさわしいと頑なになっていたが、賑やかなことに越したことはない。
しかし思えば、お姉ちゃんが家出して3日ぐらい経ち、もう戻ってこない可能性を感じた時、三日三晩泣きじゃくった。しかも最悪なのは、それでウィレム3世のように状況が好転しないのだ。結局、自分に嘘をつくために、孤独を正当化するために、色々着飾ったのであった。
そんなこまっしゃくれた思考になってしまったのは、ただいま見事に大木の麓に秘匿された落とし穴に突き落とされ、雪の冷たさに末端の感覚を奪われているからである。どんなに震えても、体の芯から凍てついていく。
藻掻いても無駄だと悟ったのは、何時間前だっただろうか。今の私は水槽の中のマウスのように、ただ漫然と落ちた時の無理な姿勢のまま、雪に埋もれている。雲行きも怪しく、そもそも木の枝に隠されて、既に手元は中世のように暗闇、そろそろ死が定期的に頭をよぎるようになった。
どれもこれも、自業自得なのが心苦しい。あの時、今までよりほんの少し速度を上げようとしなければ、コースアウトして、樹皮で鼻の頭をこすることもなかったし、トラップに引っ掛かることもなかった。でもまあ、その選択を、歴史を変えることはできない。せめて眠るように死のう。私はゆっくり瞼を落とした。うわー、目の前が真っ暗だー。
……私は成仏できるのか。戻りたい温もりは無いのか。視覚も聴覚も触覚も動いていない今、自分に何度も問いかけていた。その問いに答えるには、何ができるだろうか。
いっぱい考えた割に、とことん叫ぶ以外にアイデアが湧かなかったので、意を決してその通りにした。諦めきれないものを、諦めていないことにするために、咆哮みたいな音を焚き上げた。
無何有の銀嶺に、少女の声はあまりに儚く、瞬く間に曇天に吸い込まれていった。この世界に夢幻なんてものが付け入る隙なんてなくて、せいぜい明後日ぐらいのニュースを飾り立て、来年からはスキー教室も中止になるぐらいだろう。でも、後世に影響を残して死ねるなら、悪くないかも……。
意識が朦朧として、死ぬとか、今星になってもここから見上げてもらえないとか、全部どうでも良くなっていたところで、遊園地の絶叫マシーンに乗っているような、どうしようもない浮遊感に見舞われた。私を陥れた大樹から、どんどん遠ざかっていく。私は自らの意志で姿勢を変えることもできず、ふかふかの積雪に背中と尻を打ち付けるのを待つのみであった。
私は初めて、死の淵から帰還した。だが、その事実を堪能できるほど余裕はない。雪に叩き付けられて、追い打ちをかけられた腰を、とっくに感覚を失った手でさすっていると、一人の少女が仏頂面で、私を見下していた。ちょっとだけ目を合わせていると、その少女は急に距離を詰めてきて、私を片手で抱きかかえた。
「怪我、してますか」
「え……、きっとしてる、あなたのせいで」
腕がもげるぐらいの力で引っ張られたのである。瀕死の体には、あまりにも酷なものだった。おかげさまで、はきはき喋る気力が戻った。
「私がよそ見してたから……。すいませんでした、責任持って、ホテルまで運びます」
「あっいや、別に大したこと無かったっ。あと10年もあったら、土に還ってただけだしっ。うひょぁっ!?」
椿姫はコース外の森の中を、私を片手に華麗に滑っていく。僅かでも体を動かせば、横をかすめる枝に引き裂かれる。しかし、いくら彼女の左腕が豪腕だからと言って、片手では全く安定しない。必死に掴まりながら、変な声を発し続けていた。
「ねぇっ、そこ、熊歩いてる!」
「のろいですよ、ほっときましょ」
「でも、こっちに気付いたって!なんで、冬眠してろよっ!」
「あっ腕が……。わかった、何とかしてみます」
椿姫は雪煙を上げて、急斜面にもかかわらず、完璧に停止した。そして私を優しく地面に下ろすと、それはもう、血塗れで戻ってきた。
「あっ……、ちっ血塗れな人とくっつきたくない……」
「今日は6組からお風呂ですよ」
「今の話をしてるんでしょうがっ。寄生虫とかよく分かんないウイルスとかを、私に移さないでっ」
「……寒い?」
椿姫は平然と話題を逸らした。しかし下手打って転落したら、それこそ助からないので、自分に嘘をついて気を紛らわすしかない。
「この程度、大したことないけどっ?」
「それは良かった。寒いって泣かれても、何かできたわけじゃないから」
熊を撒ける速さで滑っているので、風が全身を包み込み、落とし穴にはまっていた時より寒い可能性すらある。まあそれと血にさえ目を瞑れば、後は身を任せるだけなので、人里の灯りがチラついた時、一足先に一息ついていた。でもやっぱり、温もりが恋しい。




