果報は寝て待て
「おぉー、やるねー水上さん」
私たちと遜色ない速度で滑走している時雨を見て、嘉琳は椿姫のほうを褒め称えた。一方コースの脇では、澪都がてんやわんやしている。
「馬原さん大丈夫ですかね、あれは……」
「水上さんより先に怪我するかもなぁ」
「お腹空きましたね……」
「絶体絶命な人を見て?性格悪いねぇ」
「そういう所、めんどくさいですよ」
「えっ、ごめんって」
「空腹時って、イライラしやすいらしいですね」
「颯理は颯理で、掴みにくい時あるよね……」
感情が顔によく反映されるほうだと自負しているので、そう評されるのは心外だった。それはそうと都合よく、一面ガラス張りの景観が良さそうなレストランが、目の前にあったので入店すると、鮮やかなジュース1杯でいつまでも粘る松下と岩亀がいた。
「ここに居たんですね」
「楽しいの?どうせなら、色々グルメを食べ歩くとか、もっと満喫できると思うんだけど」
「ここなら、滑ってる人たちを眺められて、いいですよ」
「帰りは滑らないといけないから、本当はここまで登ってきたくなかったんだけど、一番下にいても速い奴に遭遇できないからさ。ここなら稀に、アマテラス粒子みたいなのが、周囲を煽りながら駆け抜けていくから、退屈しないんだよ」
そう言って松下は、氷でかなり薄まっていそうなジュースを一口飲んだ。
「もちろん、僕は滑れるよ。なんてったって名家の出だからね。でもまあ、和光同塵という言葉もありますし」
「と、自分に何度も自慢してくる時点で、隠す気はさらさら無いよね」
「それより、例のお方はどうなりました?」
「あー今は、時雨さんと馬原さんにスキーを教えてるよ」
「まあ、ここから見えるんですけどね。でも妹さんの言うように、もっと恐れているものだと」
「そのことなんですが……」
昨晩の王様ゲームの話を二人にもしてみた。
「それは実に興味深い……。あっ、ホワイトボードとかない?」
「まっちゃんが数式書こうとしても、せいぜい余弦定理が限界でしょ」
「余白はクライン=仁科の公式の導出で埋めておくよ」
「他人の言う事に耳を傾けてしまう腕……。つまり彼女の腕は、黒騎士みたいなものなのかもね」
「そうなんですか……?」
「だから、誰かに委ねればいいんだよ。本人は心底嫌がってるから、他の誰かに」
まるで一件落着したかのように、松下は自己満足に酔いしれている。しばらくカレーを口に運びながら咀嚼したが、よくわからなかった。
「良かった良かった。人が救われると気分がいいー」
「何がいいんですか!?何もわからなかったんですけど!?」
「自分の気分が、最高」
松下は適当なことを言いながら、後頭部で手を組んで、窓の外をバカンス気分で高みの見物している。
「要は、誰か責任感のある優等生と、主従関係を結べばいいんですよ」
「まとめてくれたっぽいけど、日本の都道府県全部覚えてるこの私でさえ、理解が追い付かないんだが」
「深く考えず、試してみたら?笹川さんとか、力が欲しいでしょ」
「要らないですよ!」
「でも早く解決しないと、生徒会長たちがどんどん苦しくなるよ?」
「そうそう、退学にならないよう、頑張って学校を説得してもらってるんですよ」
「へー凄いな、生徒会ってそんなこともできるのか」
「和南城先輩、こんな事にムキにならないで欲しいんですけど……」
「でも、勝敗は決した。自分は、時機をうかがえば、必ず解決すると予想してた。そして、その通りになった!」
事後諸葛亮というやつだろうか。後からなら何とでも言える。
「まだなってないですよー」
「まあ、闘争心を煽ることで、上手く事を運んだという点は、僕たちの功績とさせてください」
昼食を食べ終わってから、嘉琳ともう一度首を左右に傾けてみた。
「どう思います?」
「意外と、そういう事もあるかもね」
「えぇー、そんなぁ」
「あっ、共感しないとダメだった?」
「別に、嘉琳さんからの共感はあんまり望んでませんけど……」
「事実、馬原さんの言葉で動いたように見えたんだから、検証してみる価値はあると思うよ。人間は因果を証明するのは100年早くても、統計的に優位かを述べることはできるからねー」
私は不可解で不思議な現象に対して、不可解で不思議な解答を拒んでいるのかもしれない。さっきまで同じように首をかしげていた仲だった嘉琳から、割とあっさり達観的な回答が返ってきたけど、そんな風なことに気付かされた。
それはそうと、嘉琳と松下は、推理小説で作者に運命付けられ、仕方なく助手をやっている聞き役に対して、気持ち良さそうに自説を展開し啓蒙する探偵みたいな口ぶりを、ぜひやめてほしい。