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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第9話:トールの強迫観念
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よくできた妹 (前々回へ、目を細めながら)

 なぜだか許された……?左腕に残る、多節棍で締め付けられた跡を確かめながら、私は今日の奇怪な出来事を振り返った。なぜだか自分を擁護してもらえて、お茶まで淹れてもらって、午後の授業が普通に受けられて。


 それでも私は、この腕を許せない。大切なもの一つも守れないのに、大量の物を勝手に砕いてきたこの腕に、何の価値もない。これをぶら下げている限り、私の価値もマイナスだ。


「どうしたの、それ」


 こんな夜の浅瀬は、友達とのLINEにでも勤しんでいればいいものを、榊姫はわざわざ隣に座ってくれる。


「ダメだよ、自分の体は大切にしないと」

「ちがっ、これは、学校で暴走しちゃって、それで押さえつけてもらった跡……」

「えっ、お姉ちゃんの左腕を食い止めた人がいるの!?」


 榊姫は声を大にして驚いた。まあ実のところ私も困惑している。ありがたいことなのだが。まあ、彼女には今日の顛末を、余すことなく話しておこう。


「私自身、突然のことだったから、理解が追い付いていない部分があって……」

「でも良かった。とりあえず、当面は退学にならなさそうで」

「うん……。だけど、またいつ暴走するかわからない」


「まぁーお姉ちゃんも、笑ってー」


 榊姫の眩しさに思わず目を逸らすと、左腕を包み込むようにされ、もっと顔を近付けてきた。


「榊姫さんはねぇ、お姉ちゃんのどんな所だって大好きだよ!」

「えぇ……、だってこんな不便な腕……」

「はぁ、そんなに不愛想だと、せっかく助けてくれた人たちに失礼でしょ!」


 榊姫の生ぬるい指で頬をつねられた。彼女を見ていると、普段どれだけ自分が無表情で生きているか痛感する。でもそこは、自分の個性として受け入れているのだが、認めてもらえないだろうか。


「とりあえず明日、白高に突撃しようかな」

「え?何しに行くの?」

「謝罪だよ、叩頭。それから、お姉ちゃんの面倒を見てもらうよう、頼まないと」

「はっ、えぇ?」


 榊姫はいつも礼儀正しく、お行儀良くあろうとする。政治家が街頭で挨拶していれば返すし、やけに食事の作法に詳しい。無礼が我慢ならないらしい。我ながら立派な妹を持ったと誇っているがその反面、時々面倒な解決策を提示してくることがある。


 そんなわけで、あまり気乗りしないが、榊姫と休日なのに登校させられた。しかし、菓子折りがきんつばなのは指摘したほうがいいのだろうか。


「でも生徒会の偉い人が、何とかしてくれる……らしいよ」

「そうだけど!あぁーもうっ、甘えないの、平身低頭が大事!」


 いくら昵懇の仲だからと言って、妹に連れられて学校に行くのは、幾何か恥ずかしさがある。やはり周りを気にしてしまう私に構うことなく、榊姫は迷わず校長室に向かった。


「こっこの度は、我が姉が大変なご無礼を働いたことを、お詫び申し上げます……。しかしながら、この通り、人が変わったかのように反省しておりますので、今回の件は何卒見逃していただけると、あーもちろん、すこぉーしは弁償しますので、お願いしますーっ」


 榊姫は柔軟体操並みに深々とお辞儀している。私の体も自発的に動いていた。


「お母さん!こんな所に……って、どうしたんですか!?」


 金具がきしむぐらい勢いよくドアが開いて、昨日の尋問に参加していた人が入ってきた。そうだよなぁ、校長先生はもっと白髪のおじいさんだったよなぁ。


「校長室も、私の時とはすっかり変わっちゃったねー。なんか安っぽくなった」

「そうじゃなくて、じゃなくて!」

「あっ、私、水上榊姫、椿姫の妹です。きちんと入校許可は貰ってます」


 榊姫は首から下げている許可証を掲げた。


「どうも、笹川颯理です。生徒会の雑用係です」

「いい気味だわー。それにこのきんつばって、岩室温泉のあそこの店のよね。いやー、お礼に全部なかったことにしてあげるよー」


 校長先生の席に座っているのは、どうやら颯理の母親らしいが、いまいち状況が掴めない。例えば校長先生の友達だったとしても、私を救済する理由がない。


「えっと、すいませんすいませんすいません」

「そんなに謝っても何も出ないよー」

「あの、これは……?」


 私は颯理に慎重に尋ねてみたが、首をかしげるばかりであった。


「私もよくわかってないんですよね。和南城先輩に言われるがまま、連れてきただけなんですよ……」


「こんなしょぼいいたずらで、謹慎処分とかにしたら、私なんて閻魔様も匙を投げるレベルよ。だから、平等性の観点からご赦免なさいって言ってほしいんでしょう」

「武勇伝みたいに語らないでください」

「ええ。ついでに今の校長は、当時の教頭だったから。よく考えたわね~」


 颯理の母親は今にも足を机に乗せそうな勢いで、革張りの椅子に寄り掛かった。


「こんな寛大な措置、姉にはもったいないぐらい……」

「まあ、あまり気負わないでください、妹さん。今までのことは、わっ私たちが何とかしますっ」

「そうですか……。本当に、お手数お掛けします。ってお姉ちゃん大丈夫!?」


 自分のではない脈動が左腕を駆け巡り、全身に緊張が行き渡る。全部なかったことにしてくれそうでも、妹が率先して頭を下げてくれても、私に使ってくれた善意は、この強迫観念一つで跡形もなく消し飛ぶ。そう綱渡りみたいな人生について考えると、逆に症状が悪化していく。


 榊姫は妹として出来過ぎていて、私のちょっとした初めての異変でも、見逃さずに気遣ってくれる。でも、この力を目の当たりにしたことが無いから、無警戒に抱きかかえようとしてきた。尊い献身的な温もりに身を委ねてしまいたくもなったが、振り払わないと彼女を傷付けてしまうかもしれない。


「離れて……危ないよ」

「落ち着いて。深呼吸でもしたら治るよ」


 そんなもので収まったら苦労していない。……私は叫ぶのがあまり上手くない。心の中で、誰にも聞こえない絶叫を済ませて、思考をめちゃくちゃにした。


 何とか反対の手で榊姫を払いのけられると、糸が切れたかのように左腕が暴走して、返す刀で重厚な扉を吹き飛ばしていた。


「お姉ちゃん……!どうして……」


 ここで逃げたら心象が最悪になるのもわかっている。でも妹を傷付けるのは、姉としてあってはならない。下を向いて歪んだ顔を隠しつつ、まだ疼く左腕の拳を抱えて、榊姫からできるだけ逃げようとした。

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