令和の魔女裁判
真朱帆が世にも奇妙なマハトで怪異を食い止めた。私は一人前の野次馬、自分に火の粉が降りかかることを想像できない間抜けである。というわけで、その様子を近くで見物していたのだが、あまりにもよくわからないので、腑抜けたことでも言って、場を和ませておこう。
なんか蒔希とかミス研の人たちまでやって来て、とりあえず小会議室で尋問を行うことになった。死んだら自己責任らしいけど、私も部屋の対角でその様子を聞いてみた。すぐに警察に突き出さないとは。学校だからって、甘やかされすぎでは?
「おー、いかにも人を殴ってそうな姿態ねぇ」
「そんな罪状はないんだが」
「まあ、そう思われても仕方ない……」
「おーい、あの子の言うことは無視するんだー」
「耳を傾けなさい。さすれば救ってあげる」
面倒な野次に、真朱帆と多節棍で結ばれた少女も渋い顔をしている。
「それで、一連の怪力トールハンマー事件について……」
「待てい、私はジョワユーズがいいと思いまーす」
「北欧神話にしかロマンは存在しないのよ?」
「えぇ、何でもいいじゃないですか、そこは」
「わたくしはカーテナを推させてもらうわ。イギリスのレガリア、これ以上に雅なものは……」
「イギリスかぶれはユニオンジャックパーカーでも着てろよ」
極めて強い言葉で非難したら、颯理から “そこまで声を荒げなくても” と言わんばかりの視線が送られてきたので、目を伏せてしばらく黙っておくことにした。
結局トールハンマーで押し通せて、満足げな松下によって淡々と事実確認が行われ、その全てに椿姫は頷いた。
「えっあっ、これが決定的な証拠でっさぁーっ!」
「どうしたっ?そんな大きな声出して」
「いやっあのっ、ハンカチ拾ってるんですけど、これって水上さんのですよね」
颯理は松下に半笑いで指摘されて、顔を赤くしながら、ただ落とし物を持ち主に返した。
「ありがとうございます。でももう、使わないかもしれません……」
「えーっと、結構いいデザインですね」
「あっ、デザイナーさんに言ってあげてください」
難しいなぁと、他人事のように静観してあげていると、澪都が手を挙げた。大体碌なことにならない。
「はい、余罪追及させてもらうと、人を食い散らかしてるのを見た!」
「おい、少しは黙ってあげなさいよ。私だって我慢してるんだから」
「この通り、全部私がやったことです。本当にすいませんでした。あの、罪はきちんと贖います……、時間はかかるかもしれませんが」
椿姫は俯くように謝罪の言葉を口にした。まあ、救いをしたたかに求めているとはいえ、一介の一般人の感想としては、誠意はきちんと持ち合わせていそうに見える。しかしここで、真朱帆がここぞとばかりに悪魔の囁きを入れてくる。
「言い訳はいくらでもしたほうがいいわよ」
「そうだね。何の理由もなく、ただの女子高生が、まるで宇宙の力を借りたかのような破壊行為に及ぶのは、不自然だと言わざるを得ない」
よほど覚悟が決まっていたのか、椿姫は一点を見つめたまま、何も話そうとしない。まあ、これだけ大勢の傍聴人がいたら、往生際の悪いところなんて顕現させたくないのもわかる。だからと言って、私はこの部屋から出ていく気はない。最後まで見届けてやるんだ。
敵に回すと、ガバガバ推理による冤罪を吹っ掛けてくる輩だと理解していたのだが、次に松下から発せられた言葉は意外なものだった。
「それじゃあ、どうやって問題を解決しましょうか」
「解決?犯人は見つかりましたよ」
「一つ、僕たちは本件をどう取り繕うか。あっ、副会長さんとか、何とかできませんか?」
壁に寄りかかり腕を組んで、余裕そうに話を聞いていた蒔希は、その鼻につく態度のまま、弾みをつけて自立した。
「わぁーかったよっ。頑張って、校長先生あたりから説得してみる。あっ、いいこと思い付いたから、ささっさんも来てー」
「和南城先輩が素直なのも怖いんですけど」
「犯人が現行犯で捕まっちゃった以上、勝負はここからなのよ?」
「どーでもいいです……」
実際、松下と岩亀はどこ吹く風といった感じで、気に留めてなさそうである。しかし、いくら顔が広くて厚い蒔希と言えど、罪を帳消しにするのは無理なのでは?と思う私は、法治国家に毒されすぎなのだろうか。
「わっ私なんかが、こんな事しておいて、許されていいはずが……」
「そうみんな言いますけどね。こんな所で人生めちゃくちゃにしたくないでしょう?」
「そういつも言いますけどね。まっちゃんはこの事件を解決した英雄になりたいだけでしょう?」
「バレてしまっては仕方ない。夢想空間事件と浜松泡沫事件を解決した我々に、後は任せとけ!あっ腹減ったし、購買行くか」
「今から行って、残ってるんでしょうかねぇ」
そう吐き捨てて、二人は昼食を買いに出かけた。残された椿姫の表情とやらは……あんまり状況を把握できてなさそうである。
「私たちもご飯にしましょうか。あ、今ほどくね」
「きんつばでお腹いっぱいになったんだけど。あっ、水上さんも食べる?これが最後の一個」
楊枝にぶっ刺したきんつばを向けると、椿姫は一回眼球をぐるぐるさせてから、それからは遠慮なく一口で頂いた。
「馬鹿め、あと10年分はあるから。腐る前に食べないと」
「10年分は嘘だろうけど、なんでまだあるの!?もう二桁は食べたよ」
これでは、道端で椿姫に襲われても逃げられない、ぷはぁ……。