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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第9話:トールの強迫観念
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トールの強迫観念

 その日は榊姫含め、家族で海に来ていた。肌を焦がす太陽、遠い空には入道雲、こんな真夏ど真ん中な日は海の深きを求めたくもなる。


「いくよーっ、水平線まで!」

「地球は球体だから、どんなに泳いでも水平線には辿り着けない……うわっ」


 今日の榊姫はやけに浮足立っている。まあ、あまり旅行が多いほうの家族じゃないし、まして海に入るのは初めてだし、その気持ちは同じだった。私も榊姫に引かれて、じゃぶじゃぶ音を立てながら海に入り、思うままに泳いでいた。


「うおーっ、どんなに泳いでも端がないって素晴らしぃーっ」

「榊姫……、待ってぇー」


 身体能力抜群の榊姫は、本当に水平線をタッチできそうであった。しかし自分は彼女の姉である。だから、数多のだらけた波をかき分けて、榊姫に食らいついていたはずだった。


 榊姫は忽然と姿を消した。ふと顔を上げると、前には彼女の姿が無くなっている。追い越したり、私が変な向きに進んだりしたかと思って、周囲を何十回見渡しても、彼女の姿が見当たらない。そんなはずはない、いくらダメな私でも、実の妹を見分けられるはずだ。


 その時の私は何を血迷ったか、私は海に潜った。そうしたら薄光にまとわれて、静かに沈んでいく榊姫を発見した。足は着かないにしても、海底まで何十メートルとあるわけないのに、思い返せるほどロマンチックに、無気力にどこまでも沈んでいく。


 学校の窓ガラスを割った時のように、何者かの手によって、何も考えられないように、何かを想わせられ続けた。そんな中でも私は、果敢に榊姫を助けようと手を伸ば……せない、左手が言う事を聞かない、やばい、息が持たない、宇宙はどっちだっけ……。


―――


「次誰だっけ。あっはい、水上さーん」

「はっはいっ!?」


 耳を塞ぎたくなるような、物が壊れる音が教室に響き渡った。内職していた人含め、全ての視線が集まるのを感じる。


 できる限り悩まないようにしていても、実際に莫大な負荷が全身に加わるので、やつれもするし授業中にうたた寝もする。それはそうと、私の桜色スクールライフはようやく終わった。びっくりして、その反動で立ち上がったら、左腕を机に突いたせいで、机が真っ二つに割れたのである。金属の骨格も、あっけなくその断面を晒している。


「ちがっ……これは……」


 私は静寂よりも儚くかすれた声で、弁解に似た何かをしようとした。しかし、例の連続物損事件のことは、すでに校内に出回っており、それと重ねられて必然というか、同一犯なので釈明のしようがない。誰も動けない、私の左腕以外は。


「待って……待ってってば!静まれ、何も壊したくないッ!」


 今度は後ろの机を叩き割っていた。異様な状況に、教室中がパニックに陥る。叫ばないと自我が保っていられない。


「そこまでよ!……何がいいかしら」

「え?そんな安閑としてる場合じゃないでしょ。えっとそうだな、ジョワユーズとか。仮面ライダージョワユーズとか、どう?」

「悪役なんだけど……。まあいいや、覚悟なさい、わたくしにもいい所があるってこと、見せてさしあげるわ」


 混乱に呼ばれて、どこかのクラスから飛んできた風雅な少女は、似合わぬ長い長い多節棍を握りしめている。彼女のルーズサイドテールが振れたかと思うと、次の瞬間には私の左腕にその多節棍が絡み付いていた。左腕は往生際悪く抵抗するも、やがて金属の擦れる音もしなくなった。


 抵抗していないつもりだったが、存外全身に力が籠っていたようで、腰が抜けそうになった。でも何より、この強迫観念を強制的に終了させてくれたことに、一人喜びに沸いた。


「あ、触ったら吹き飛ぶかもよ?時雨ちゃん」

「んあっ!?」

「1割ぐらい冗談じゃないから……。ごめんね~」


 私の微かな筋肉の痙攣に反応して、多節棍も振動していた。相当な力で張っている。人のことを言える立場ではないが、あの人も一体どこからそんな怪力を生み出しているのだろうか……。


「で、どうすんの?制圧したけど」

「さあ?というか、制圧したのはこの立花真朱帆なんだけどっ」

「はいはい、すごーい。いや、あの、素直に感心できないんだよねぇー?」

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