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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第8話:幾星霜の一里塚
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化けの皮

 正体不明の眠気はそれ故に、誰も抗うことができない。電車に乗るや否や、座席のヒーターが心地良くて、眠りに落ちていた。


「ん……んあっ、んんんっ」

「おおおおいっ、慌てるなっ、慌てないでって!」


 気持ち良く寝ていると、顔に何かが覆い被さるような感触がやってきた。ついに新潟でもカバが野生化したかーと思って目を開けると、視界を奪われていた。視力を失ったのなら、予言の力を与えられたり、良い詩が書けたりするものだが、何度かしばたたいてみると、ここは紙袋の中だとわかった。って、まだ死にたくない、やりたいこと……そんなに無いけど!


 ヤツメウナギを食べなくても視力が戻ってきた。まあ、嘉琳が紙袋を立っていた。


「幽明境を異にしかけた……」

「『もっと光を』が一番似合う死に際だったな」

「本当に焦った、ねぇっ」


 この人は私を起こすためだけに、その紙袋を手に持っている。乗り過ごさないよう、必ず私の前で見張ってくれているので、文句は言えないけど……。


「ごめんって。でも紙袋に入るぐらい、顔が小さいのも悪いんだよ」

「その紙袋に入らないやつ、ヘンリー8世ぐらいだから……。というか、このためだけに持ってきたの?」

「いや、道端に落ちてたから。ゴミのポイ捨ては良くないよね」

「そんな物、被せんな!」


 今さら中身を覗き込む嘉琳であった。現金が詰まっていたらどうするんだ。めちゃくちゃ不衛生じゃないか。


 それはそうと、頑張って防寒しているというのに、寒さが手袋を貫いてくる。そこに便宜上の北風が頬をなぶってくる。あーっ、一刻も早く温もりが欲しい、ポケットじゃ満足できない。


「寒いの?」

「はた言うべきにあらず」

「そういう文脈じゃないでしょ……」


 私と嘉琳は同時に前方の、ぐちょぐちょになった雪も厭わず、ゆっくりゆっくり引きずられる尻尾に気が付いた。


「おーい、馬原さーん」

「えっ、いいよ、そういうのは。嘉琳は傷口べたべた触っちゃうの?私にはわかんないっ」


 澪都が嘉琳に呼び止められて振り返った。こうやって足を止めると、余計に寒気に当てられなければならなくなる。しかも、嘉琳から聞く限り、やっぱり至極面倒そうな人間なんだよなぁ。そう、尻尾持たされて、家まで付いてこさせられたし。まあせっかくなので、尻尾を鷲掴みしてみた。


「微妙……。冷たくは、ない……?」

「ワンダーネットだから仕方ない」

「毛むくじゃらなのに?」

「私はリスと人間のハーフなので」

「だから何だよ」

「もっと温かみのあるツッコミを入れてくれないかな。寒いんだから」


 やーいやーい、ダメ出しされてやんのー。


「うーん、じゃあ、リスと人間のハーフなら、耳が無いとおかしいよーって、知り合いのハーフが言ってた」

「切った。痛かったー」


 そのまま尻尾も切ってしまえ。全然あったまらないし、衛生的なのかもわからないので、すっと両手をポケットに戻した。もどかしい、デカい尻尾の摩擦のせいで、歩く速度が遅いんだけど。


「そう言えば、前ははぐらかされたけど、なんでそんな格好をしてるの?」

「時雨、デリカシーがないよ」

「女性に年齢を聞くのと同格なの?この質問」

「今なら答えてあげるけど、期末テストの点数は何点だった?」

「教える気あります……?」

「20/20点だけど!」

「137」


「そう、二人みたいな慧眼の持ち主以外から、話しかけられないためよ。効果てきめんで満面アーメン切り捨て御免」

「知ってた」

「リスと狐のハーフに褒められても、こんなに嬉しくないのね」


 本当のことを言ったのに、酷く淡白な返答をされたから、澪都は拗ねて目線を上げてくれなくなった。嘉琳が慌てて彼女を諭した。


「まあまあ、でも馬原さんもわかったでしょう?テストに点数が悪くてもいい人、協力してくれる人はいるから。そういう人を、わざわざ門前払いする必要はないよね」

「あなたは賢いよ。私よりも、ずっと。どう勉強してるのか知らないけど」

「ミス研の3人のことだよ。あの人たちも、湊都さん探しに協力してくれたよね」

「颯理は『あんな人たちと一緒にしないでください!私はオタクじゃないです!』って、一緒にされるのを嫌がってたよ」

「何でもいいよっ。とにかく、そんな格好は話してる私たちが恥ずかし……みっともないから辞めなさーい!」


 嘉琳がそう命じると、特に抵抗することなく、ベルトと検眼枠を嘉琳が手にしている紙袋に放り込み、リコリス菓子を口に入れて、懲りずに屈みこんで悶えだした。うおーっ、立ち止まるなぁーっ。


「尻尾は?」

「尻尾は父に、十二指腸に縫い付けてもらってるから抜けな……」


 私ごときの力で抜けた。捻くれ者はそう言われると馬鹿力を出せるのである。澪都は化けの皮を剥がされ、もはや誰からも相手されないだろう。どこにでも居る普通の少女になった。しかし、いつもの奇人を見る視線が集まらなくなって、逆に落ち着かなくなっているようだった。


「十二指腸断絶した、もうこれじゃあ食べ物を消化できないわ、死ぬしかない、殺されました」

「餓死はしんどいし、親指で手の甲を突き破って憤死しようよ」

「十二指腸断絶より痛々しい……」


 変なことを掛け合っていると、暖房の利いた学校に到着していた。私たちの教室は4階だが、澪都は2階で別れを告げた。どうやら今日は一日眠りこける日らしい。私たちは苦笑いしながら、小会議室に千鳥足で、尻尾を大事に抱きしめながら向かう澪都を見送る。彼女が普通の人間になるには、まだ時間が必要みたいだ。

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