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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第8話:幾星霜の一里塚
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Lyricsつくる

「ありがとーっ、めっちゃ助かったぁー」

「どうもどうも、もっと褒めてくれていいのよ」


 今、エンジンのピストンぐらいの勢いで、腕を振り回されている。しかし、これで肩が外れてしまっても悪い気はしない。名誉の負傷というやつだ。


 何があったかは簡単で、軽音部のあるバンドのベーシストが、借金返済のために地下牢獄に落ちてしまったので、ただ代役を務めてあげただけである。実家が太いだけではダメで、親子できちんと絆を育んでおかなければ、脛はしゃぶり尽くせないのだ。


「最近、それなりベーシストとしての頭角を現しだしたみたいね」

「そうでしょうそうでしょう。気持ちいいな、もっと早く始めてればよかった」


 私は壁に寄りかかって、腕を組みながら余裕を着てみた。今日の帽子には “Silk Phoenix” と縫ってある。形状記憶シルクのことだったり?


「と、調子に乗ってみたんですが、まだまだ私にはカリスマがありません……」

「そうなの?いつの間にか部内でも友達増えてて、このままだと面倒な部長を押し付けられるかもよ」

「えっ、でも、そういう人を管理する立場になったことないので、たまには人生経験としてアリかもしれませんね」

「いやいや、軽音部の部長はおすすめしないよ。顧問が石頭だから、根気強く交渉しないといけないの」

「英語の安城先生でしたっけね。心当たりがあります……」

「歴代の部長とか役員が、頑張って説得した結果、色々活動できているというのに、平部員はそれを知らないから、少しでも去年と違うことがあると、すぐ文句垂れる」

「私には務まらなさそー」

「そう?歯に衣着せぬ物言いが得意なのに」

「アクセル吹かせすぎて、活動停止になるかもしれませんよ」

「ふふっ、私の知ったことではないね」


 これだけ自分を崇敬してくれる空間を、そう易々と手放しても構わないと考えてるなんて、私からしてみれば烏滸の沙汰だ。まあ、話を元に戻そう。真剣に相談しないといけない雰囲気にしてしまったので。


「それで、どうしたらカリスマって手に入りますか?」

「漠然としてて、私のどこに憧れてるかわからないんだけど」

「自覚なしにフロアを沸かせてるの?」

「あぁー……、そのつもりだったんだ」

「女殴ってそうな、 “クール” なベーシストに見られてるんでしょうか」


「そうねぇ、とりあえず、物を投げると盛り上がるよ、ピックとか」

「ピック弾きを会得しろと」

「でも、純情温情乙女からの支持を集めたいなら、やっぱり元気が一番。甲高い声を出していこー!」

「やっぱりそれが最適解か、技能を磨いても、一般人には気付いてもらえないのか……」

「舞台袖で練習しておいたら?」


 私は意を決した。そう、憧れの先輩は、ライブでどれだけタガを外しても、自我が崩壊していないではないか。蒔希の正当なる後継者だから、最高の空騒ぎを見せてやるっ。


「地球の平和を守るため、カプチーノの中からふわっと誕生!起きて警告時は金なり夜は瞑想、愛なき世界にガラクトース!魔法少女Lyricsつくる、ここに見参っ!良い子のみんなぁ!今日は来てくれてありがとうー!」

「男の子みたいな名前ね」

「早く颯理にゴネてくれない?」


 ポーズが決まらないので、少林拳みたいに機敏に手足を動かして試していると、いつの間にか隣に居る嘉琳に、しっかり二の腕を掴まれた。


「そんな話もあったねー。じゃあ私は、見張らないといけない場所があるから。そのノリで行けば熱狂待ったなしだよ」


 こんな姿、天稲以外に見られたら、金輪際越後平野の土を踏めなくなるって。顔を洗ったら生まれ変わったりしないかな。


「顔あっか、何がしたかったんだ……」

「 “ふわっと登場” が耐えられない……」

「そこかよ。それ以外も酷かったよ」


 というわけで、暖房がかかってやたら暑い体育館を全力で1周してから、颯理たちの元に戻ってきた。大きく息を吸うと、乾燥した空気が粘膜を攻撃する。やっぱり冬場は運動するべきじゃないよ。あれ、なんで走ったんだっけ。


「バイトしてるって聞いてたけど、まさかランプライターだったとはね」

「時給は良いよ……」

「話って何ですか……?」

「はぁ、それはね……」


 変な二次元図形を握りしめている颯理は、不安と冷笑交じりに食いついた。私は咳払いをして、少し甲高い声を準備した。


「さっきゅぅーん、新しい曲を3曲も作ったから、やる曲変えようよ~!変えてくれるよね?おーねーがーいーっ、一生のお願いっ」


 目を潤ませながら、颯理にできる限り純粋な態度でお願いしているが、やっぱり無茶苦茶な提案である。さっきの魔法少女化でパリピモードに入ったから、まだ我に返らないで済んでいるが……。


「はっ?何が言いたいんですか?」

「そんなこともあろうかと、私はばっちり練習してきたから、ヴァーサ号に乗ったつもりでかかってきなさい」

「安心したまえ、私は仕事のできるプロデューサーだから、セトリも差し替えてある」

「チャンネル登録者5万人超えました!」


 颯理は、高校生のお遊び如きで反逆を起こされると予想しているはずもなく、状況が掴めないので、まるで声も出せなくなっていた。誰かに助けを求めたくても、もう本番はすぐそこに迫っている。


「いやー、時雨がどうしてもって、三日三晩土下座してくるからさー。断り切れなかった」

「颯理なら楽譜を見れば、初見でもできるでしょ?信じてるよ」


 純粋無垢というものを、私は夢の中で学んだ。今こそそれを実践する時、今度は颯理に春風よりも優しく語りかけた。


「嘉琳さんが言ってたのってもしかして……。はいはい、あんまり期待しないでください」

「絶対、楽譜から目を逸らしちゃダメだってさー」

「やばくなったら、隣においてある間違い探しをやるんだよーっ」


 颯理は若干苛立ったような態度のまま、ギターを引っ提げて、幕の下りているステージへ、そそくさと歩いて行った。まあ、今まで積み重ねてきたものを、本番1分前にひっくり返されたら、誰だって腹立つ。


 とんでもない汚名を、私は嘉琳に被せられた。しかし、私が経済的に優位に立っているので、一体何で埋め合わせてもらおうか……。そんなことより、ライブに集中しないとダメか。後は野となれ山となれみたいな所があるけど、これで上手くいかなかったら、今度こそ小川に刺される。防刃ベストを着込んでおくべきだったかもしれない。


 ゆっくりと幕が動き始める。颯理が楽譜から目を逸らせないようにしないといけないので、幕が上がってしまう前に、天稲の合図が飛んでくる。私はせめてものお詫びとして、いつも以上に目立ってあげた。

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