空回りするチェーン
揺れる長い髪、重そうな瞼、浮いた浮ついた服装。普通の神宮寺嘉琳と今日も鉢合わせた。
「あれ、颯理までこんな時間に何してたの?もう最終下校時間だけど」
「少し、生徒会の仕事が舞い込んできまして」
「大変だねぇ、何の……何でもないっす」
何の意味もないとか、何の生産性もないとか言いそうになったのだろう。まあ、今さら目くじらを立てることでもない。
流れで、駅に向かって歩く嘉琳に付いていくように、自転車を押していた。すっかり日が落ちて、肩でも寄せ合わないとやってられないぐらい寒い。
「あーあ、地軸なくならないかなぁ」
「もう冬ですねぇ」
かれこれ高校生になってから8か月は経ったわけで、自分がこの期間にどれだけ成長できたか、振り返らずにいられない。せいぜい、初々しさが抜けたぐらいな気がして落ち込んだ。
「寒いよー、超伝導になっちゃうよぉー」
「私なんて、これから自転車で爆走する予定なのに、泣き言を言わないでください」
顔をしかめていると、嘉琳が腕に絡み付いてきて、もっと渋い顔をしないといけなくなった。
「あのあの、そんなに擦り寄らないでくださいよ……」
「ピン止め効果です。はー、颯理の体つめたーい」
「死んでませんが」
「死体だったら、ベタベタ触らないから。免疫終わってるから、雑菌繁殖し放題じゃん」
過度な触れ合いは、私とは無縁だと思っていたもので、情けないことに悠々閑々としていられない。
「颯理、進捗はどう?」
「本番までには完璧になると……できるように手を尽くします」
「おぉー、やっぱり真面目だねぇ。やばいけど何とかなるっしょって、頭を空っぽにできない」
「そうなんでしょうか」
「そうでしょ……、あ?あぁ……」
嘉琳は首をかしげて、頭を私の肩に乗せた。私も体に染み付いた謙遜のつもりだったけど、数学のテストの惨憺たる結果を思い出した。それに、自分で言うのも気が引けるけど、真面目ゆえに演奏にどこまでも問題点を洗い出せる。しかし、半分くらいはどうにもならずに、そのまま本番の日を迎えたのも記憶に新しい。
「意外と適当だよね」
「それなら、人前で緊張しない図太さが欲しい……」
「緊張、なのかなぁ」
「心臓は暴走します」
「アレルギーとかあるじゃない。ふぐの肝アレルギーみたいに」
「何ですか、人間社会に向いてないとでも言いたいんですか」
「いやいや、比較的適合してるほうじゃないかな。そうじゃなくて、本人の性質上、どうにもならないことってあるよねってこと」
私には、いつも支えてくれる大切なかけがえのない友人がたくさんいる。それは幸せなことだけど、それに報いなければという重圧を、無意識に受けているのかもしれない。嘉琳も小川も、バンドの皆も先輩も、私が完全無欠だったら、気を遣わずに済むのだろうか。
「颯理、自分が他人の足枷になってると本気で思う?」
「えっ、まあ、今もひやひやさせてるとは……」
「じゃあどうして続けてるの?」
「それは……」
「私だって、自分の身を削ってまで、ステージに立とうとしてほしくない。小川も懲りずに事あるごとにそう主張してる。それでも挑戦を辞めないんだから、他人を気にしてないじゃん。そういう意味でも、颯理は適当だよね。あっ、それでいいんだよ。下手に人間らしさを失わなくても」
嘉琳は道路の反対側を向いてそう言った。
私だって人並みに好かれたいし、そうなるよう努力している。けれどこの矛盾は、私を惑わせる余計なことと決めつけて、適当な言い訳で包み、目を背けていた。ただ自分の弱点が、他の何よりも恐ろしいから。……自分がとてつもなく面倒な人間であることを再認した。
「颯理が実は性格最悪でも、別に私はいいよ。芯のある人のほうが、面倒を見る甲斐があるから」
「どうしたらいいんでしょうね……」
「悩み疲れて、適当になってるんじゃない。まっ、私に任せときなって」
全てを見透かされている以上、理想へ一直線に邁進するしか、一貫性を保てない。私は絶対できるって、強く強く思い込むことにした。
「それじゃあ、またあした~」
「はい、気を付けて帰ってください」
「うおっ、早っ、標識は守るんだよー!」
自転車って速度計ついてないから、何キロ出てるのか分かりませんよねぇ。