表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第7話:薄明逃避行
156/212

お返しは約束で

 保月と、その、密着したくて必死だったあまり、プレゼントを渡し損ねた。大した物じゃないとは言え、クッキーやケーキも奢ってもらったから、そのお返しということにすれば、すんなり受け取ってもらえるだろうか。何はともあれ、またもや不完全燃焼で終わった。


 私も肩張って疲れたし、今日は早く寝よう。仰向けになって目を意図的に瞑ると、澪都に派手に揺さぶられて起こされた。


「お姉ちゃん、今日はどこに行ってたの?例の人とお出掛け?」

「例の人って、ほーずきのこと?ほーずきも居たけど、他の友達も呼んで、クリスマスパーティーというか、なんかダラダラ過ごしただけだよ」

「ほーずき、ほーずきね。あだ名?」

「名前が保月だからね。微妙なところ」


 正直に答えたら、なんか柄にもなくガッツポーズしながら部屋を出て行った。そんなに姉想いの妹だったっけ。


 翌日、プレゼントを渡すために保月の家を再び訪れた。インターフォンを押す前に保月が玄関から出てきた。そう言えば、門が見える位置に部屋があるんだった。それにしても速すぎるけど。


「ばっか、どうして来たの、連絡してくれれば……」

「だってスマホ持ってないし、昨日家でごろごろしてるって言ってたし。はい、私からのクリスマスプレゼントです」


 無難にハンドクリームにでもしておいた。楽器を弾いたり、習い事で手を酷使しているようで、部屋で何本か見掛けたので、役に立たないことはないと信じたい。まあ、言葉以上にその照れ隠しが語っている。


「嬉しいけど……。急には勘弁して」

「嬉しい?気を遣ってない?」

「そっ、そんなわけないでしょ。わかったら、すぐ帰って。お願いだから……」

「冷たい……」


 私はここで帰りたくなかった。二人だけの時間が愛おしくて、早く頷いてくれとせかす様に、保月の腕を掴んだ。しかし彼女はやっと下手に微笑んで、歯切れよく言い切った。


「予定が空いたら、らみーの家に私が行くから、絶対行くから。待ってて」

「そういうことなら……信じる」

「いやそうじゃなくて、忙しくて無理かもしれないからさ……。学校始まったらまた会えるから、ね?」


 保月は門に手を付くぐらい、立っているのもやっとなのに、自分の後ろに反応した。家族だろうか。おばあさんが玄関に座って、多分私たちの会話を聞いていた。


「私、帰省とかないから。いつでも待ってるからっ。それじゃ、また今度ね……」

「うん……私服、かわいいよ」


 それも全部無駄になったのに、別れ際に途切れ途切れのか細い声でそんなことを言うなんて、性格悪く表現するなら、三股かけていただけのことはある。


 すごくきな臭いので、交感神経の暴走を気合で押さえながら、保月が家の中に入っていくのを、帰ったふりして塀に体を隠して観察してみた。しかし、二人は建物の奥に向かっていったので、何の情報も得られなかった。保月と二人きりでしたいことを列挙しながら帰るか……。これくらいしか、今の自分を慰める方法がない。


「お姉ちゃん、今日はどこに行ってたの?例の人とお出掛け?」

「またそれ?今日はただ、プレゼントを渡しに行っただけ。向こうも事情があるみたい」

「ありがとう。お礼はしないでおくね」


 澪都は私が帰ってくると、勉強机から昨夜と同じ質問を投げかけた。こんな回答で満足したのか、再び問題集のほうに集中し始めた。私も今日の分を進めないと……、勝手に保月と遊ぶ気になっていたので、全く気が進まない。


 基本的に勉強に勤しまないといけない家庭なので、家の中はとても静かだ。だから、ちょっとした物音でぬか喜びさせられる。学校の課題すら、年内に片付かなさそうだった。


「お姉ちゃん、例の人とお出掛けするなら、今日はどこに行きたい?」


 片手ではペンを手に握りつつ、肘を机に突いてぼーっとしていると、隣で勉強している澪都が急に質問してきた。澪都にはからかったり、下手を打たせようとしたりといった動機はないのだろうけど、私は小学3年生にも筒抜けなぐらい、わかりやすく動揺していた。


「澪都っ、言われた分は終わったの!?」

「あんなの、マゼランが地球を1周する間に終わるよ。それより、昨日も一昨日もそのページを開いてたよね」


 言い訳をするなら、その分別の問題集をやった、2ページだけ。


「ほーずき、忙しくて、冬休み中全然会えないって言うから……」

「なるほど」

「でも、余裕ができたら私の家来るって言うの。そうやって、期待させるようなこと言って。はぁー……」

「そうだ、お姉ちゃんはその人のどんな所を直してほしい?」

「えぇ……、強いて言うなら、三股かける所……ちがっ、別に不満ないかな」

「なるほど、なるほど~。私には縁遠い話ねぇ」


 澪都は自分に足りない栄養素を摂取できて満足したのか、鼻で笑い飛ばしながら、また勉強に戻っていった。私も小学生の頃は、何も知らなかったから、ただ目の前にある問題を、目を輝かせながら解いていた。こんなので、将来に繋がるんだったら、安いものだと思っていた。いつか澪都も、こういう経験をすることになるんだろうか……。興味はあるみたいだし。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ