誰かに手を引いてほしかった
お腹が空いているのは事実である。だが勉強しか脳にないこいつらは、他人を推し量ることを知らないらしい。昼の寂しい繁華街を早歩きして、さらに鬱蒼とした路地裏に入っていく。この先に、戦局を打開してくれる秘密兵器が隠されている……。そう邪険にできたら、もっと体が軽かったかもしれない。
「もうすぐそこ。あっ、これだー」
他の皆が顔を上げて、店名に釘付けになっている。私はその先の店内を見つめていた。そこには、人の生殺与奪の権利を握る、大人になったお姉ちゃんがいた。親の篭絡から飛び出し、完全勝利を収めただけあって、その出で立ちは目映かった。
血の繋がりは感じる。でも、自分の中にあるお姉ちゃん像は、もう過去のものなんだと、状況証拠に絆された私の自我は、綺麗に組み上げた算段を壊した。もはやあの人の妹として振舞うことは容認されない。ガラスに映る自分の芋臭さを直視したところで、私はひっそり回れ右していた。
「はぁはぁ、結局こうなるのか……」
呆れるのはいいが、その割に準備してないのはどうかと思う。別の路地裏に逃げ込んだ私を、嘉琳が追いかけてきた。
「ここまで来てやっぱり無しは、その、色々問題だからね?」
「私は探せと依頼した。元気にやってるなら、それで満足なんだけど」
「本当にいいの?何か話したいことがあるんじゃないの?」
「そんなことより、餃子食べたい」
「あのねぇ……」
「餃子を食べずして、浜松に何しに来たの?笑われるよ?」
「んーっ、それはそうだけどっ!」
こんなことで容易く横道に逸らすことができてしまった。いわゆる名店に数十分並んで、念願の浜松餃子を食べた。こんなに後ろめたい食事は経験したことがない。とりあえず無我夢中になっておいた。
「これ食べ終わったら……」
「嫌だ、顔合わせたくない」
普段の反動で同級生になら、これでもかと言うぐらい反発していた。結局、ご飯を食べていたらすっかり日も沈み、店の外で夜風とバイパスを行き交う道交法破りのヘッドライトに当たりながら、いつまでも嘉琳に飄々しい横顔を眺められた。
「いつまで、こうしていればいいの」
「そりゃあ、馬原さんが、お姉ちゃんと感動の再会を果たすまで。凍える前に、頼むよー」
「ほんとに、あなたは何がしたいのか分からない。父に、私の性根を叩き直すよう頼まれた?」
「私には、馬原さんのほうがよくわからないよ。どうしてあんな格好をしているのか、奇抜な生活リズムとか、テストの点数を過剰に気にしたり、嘘しか言わなかったり」
「それらは全部、私の中では論理的整合性がある。対して、あなたはどうなの?優しさの真似事を献身的にこなすことに、何の言い訳ができるの?」
「そうだなぁ、言われてみると、私ってすっごい善人なのかもね。そもそも、私たちってどういう繋がりだっけ?」
せめて言葉を詰まらせて、私を締め付けてくれればいいものの、嘉琳は半笑いでそう言った。彼女は都合のいい盲目な駒ではなく、全てを理解した気色悪いピエロなのかもしれない。
「言葉にしなくても伝わるけど、伝えようとしなかったら伝わらない。抱き合ったり、メンチ切ったりすれば、自ずと相手が伝えたいことが分かるでしょ?私の友達もさ……」
「私がそんな説法を易々と受け止めると思う?」
「うん?最後は腹を括ってくれると、勝手に楽観してるよ。だってお姉ちゃんに、それだけ想いを募らせているんだから」
嘉琳は流し目で、できる限りの重圧を掛けてきた。こんなにも、一介の同級生の言葉に揺さぶられている……。いや、ただこれは、姉に7年ぶりに再会する勇気を持てないだけだ。私よりこの間のテストの点数が良かったからと言って、あまり調子に乗らないでほしい。
「あっ、あそこに居ますよー」
「うわーさつりぃーっ、どうすんのーっ」
何でも探偵団がやって来た。嘉琳は幼子のように、颯理の後ろに隠れて、私をじっと見ている。
「餃子食べてたなんて、いいご身分だなぁ」
「いやそっちだって食べて来たでしょ!」
「あら、わかりますか?」
嘉琳は颯理に何かを耳打ちした。どうせ私の陰口だろう。
「と、言われましても……。嘉琳さんが煽てれば、鬼神変人も無味乾燥するって、今年の流行語じゃないですかー」
「知らんのか、語呂の悪い言葉は流行しないんやで」
「腹ごしらえが済んだし、今からお姉ちゃんの元に行くわ。早く案内して」
「この人、随分傲慢ですね……。逆に感心します」
「おい岩亀、今さら遁世系名探偵を演じなくていいから」
その通り、今さら人からの心象を気にする必要はない。どんなに身勝手で傍若無人でも、こうして手玉に取られてくれる人間はいるのだから。脆い決意と惰性は区別が付かなかった。




