間違ったSDGs
週末の白高の校庭、ただいまチヌークが着陸している。迫力と憧れのタンデムローターに、思わず目を奪われた。それに迷彩柄でもなく、自然に溶け込む気のない、白を基調とした塗装が、またギャップとなっている。
機内は狭いながらも、冷蔵庫から電子レンジ、簡易的なトイレまで、快適な空の旅に最低限必要な物が揃っていた。
「おー、こういうのって、最低限の設備しかないのかと思ってたけど、この椅子なら長時間座ってても平気そう」
「さすがに御曹司を硬い椅子に、長時間座らせ続けるわけにはいかないですからー」
岩亀は先天的な光背を片手に、自信に満ち溢れている一方、澪都は今にも空中から飛び降りそうな感じだった。まあ、7年ぶりに姉に会えるかもしれないとなれば、嬉しい反面、どんな顔をすればいいのか悩むだろうし、それに依頼をあれだけ捲し立てるほど、切迫した状況なのだから無理もない。今日は尻尾も着けてないし……それは座るのに邪魔だからか。
「大丈夫?」
「このヘリコプター、変な音がする。墜落するわ!」
「おい、私の心配を返せ。あと素人は黙っとれ」
「えっ!?このヘリコプター壊れてるんですか!?」
颯理は上の棒を握って離そうとしない。いくら素人が説得しても、天候が穏やかでも、颯理は終始その手を離そうとしなかった。颯理を躍らせやがって、小川って普段こんな感情と折り合いを付けながら生きているんだ……。
「さすがに縁起でもないから、それは言わないでおくれ……」
「えっ、あっ、冗談です……」
「平気平気、航空事故に遭う確率は、交通事故に遭う確率よりよっぽど低いんだから。当たったらラッキーですよ」
「岩亀のほうが碌でもなかった……」
松下が頭を抱えようとも、颯理がわずかな揺れに対して悲鳴を上げようとも、ヘリコプターは日本アルプスを飛び越え、あっという間に琴ひく風の街の上空に到着した。
「さて、ビラを投下します。耳栓の用意はいいですかー?」
民間目的のチヌークなので、会話はできるぐらいに防音がなされているが、後部ハッチが開くとそうもいかない。ついでに強風で口に髪が入ってくる。
100万枚のビラが空を舞った……ら見栄えが良かったのだが、六次の隔たりを実証するために10枚しか投下してない。10の6乗でだいたい浜松都市圏の人口と同じだけの人に、情報が行き渡るという算段である。ビラには、ストーカーだと勘違いされて怪しまれないよう、きちんと白高生徒会長の署名を添えてある。
「本当に上手くいくの……?」
澪都も今までにないぐらい不信感を漂わせている。
「欠損する可能性を考慮してないよね」
「本当に上手くいくんですか?」
「本当に上手くいくんですか?」
「おい、岩亀はこっち側だろ」
「まあ、予備が100枚くらいあるのでー」
岩亀はにこやかにそう言った。ヘリコプターは飛ばすのに、紙を極端に節約するなんて、いびつな形だけの環境政策みたいだ。
それはさておき、どうせ尻尾なんて掴めないだろうと、勝手に高を括っていたら、餃子を食べる間もなく電話がかかってきた。
「どうやらお姉さん、美容師になっているらしい。いつも担当してもらってる人からだった」
「奇跡かよ」
「じゃあ早速、その美容室に行ってみますか。シフトじゃなくても、お店の人に話を聞けるかもしれませんから」
「そうだね、駅からもそんな離れてないから、徒歩で行ける」
颯理もそう言っているし、回れ右でその美容室に向かおうとしたのだが、何だか澪都の足取りが重たい。
「もしかして、緊張してる?」
「してない。してないけど、ほら、実の姉に誰だっけとか言われたら、傷つくでしょ?それを警戒してるだけ」
「自分も逆に、これが姉だっけってなるかもよ?」
「それは……大丈夫、だってお姉ちゃんの人格、元々湧き水のように色もなく、形も流動的だし、どんな姿でも面影があれば、それはお姉ちゃんだから」
すっと目を逸らして、前だけ見て歩くことにした。まあ愛とは素直なものだけではない。塩辛くてくどい愛だって、存在する……のかも。
「それより、腹ごしらえをしませんか?美味しい餃子の名店、インターネットが知ってます」
「いやぁ、なるべく早くしようよ。日帰りのほうがいいでしょ」
松下は澪都の提案を棄却しつつ、岩亀を睨みつけた。
「悪かったねっ!着陸場所を手配するの忘れて!」