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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第7話:薄明逃避行
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ミス研神格化の第一歩

「祝、馬原 湊都発見。おめでとう」

「この感じだと、粛とか縮だけど……」

「私の誕生日会のクラッカー余ってないの?」

「余すことなく常葉先輩が使い切りました」


 肝心の澪都は欠席しているが、そんなことミス研の二人はあまり気にしていない。見つかって舞い上がっている。まあテストを犠牲にしたのだから、その分喜びも甚大なのだろう。しかもミス研として箔が付く。


「でも凄いなぁ。どこにいるの?」

「まあ、住所まで特定できたわけじゃない。二人が浜松、もしくはその周辺に住んでいる可能性が濃厚というだけなんだけど」

「浜松……、これまた田舎町ですなぁ」

「新潟より人口多いですけどね。まあいいや、この映像をご覧ください」


 いつの間にか導入されていたデスクトップパソコンの画面には、ネットに転載された、静岡の地元局のインタビューが映っていた。顔は映っていないが、AIの力で補完でもしたのだろうか。


 さて、二人のもっともらしい理由付けを、さも真実のように語る時間が始まった。まず二人は、澪都の証言からこれを駆け落ちだと断定、どこかの街でよろしくやっているものとした。それは、未必にせよ必定にせよ、故意にせよ過失にせよ、各々の両親の手が届かない場所とするのが、7年も尻尾を出さないということから自然な帰結となる。


 馬原家は天才麻酔科医の父親の転勤で、日本全国を巡っているが、過去に暮らしたことのある街のほうが、未知の街よりも幾分暮らしやすい。そして父親の経歴を漁った結果、浜松市内の二つの病院で、父親と病院で手術の方向について揉め、片方のケースでは患者の死亡にまで至ったという事件が判明した。


 これは間違ってもドラマではないので、そんな因縁のある地に再び舞い戻ってくるはずがない。一方、お姉さんからしてみたら、知ってる街かつ親に会う心配がない、絶好のロケーションである。


 そして、このインタビューこそとどめの一撃らしいが……。持ち歩いているもので一番高価なものを見せてもらうという内容で、片方の女性がカバンから扇子を自慢した。


「この扇子に意味があると?」

「その通り。この鶴が羽ばたく荘厳な家紋は岩鶴家のもの。うちの弱そうなのとは大違い……じゃなくて、この扇子は特注品。一家の者しか持ってないから、立派な身分証ですね」

「その、岩鶴家?の人間と、何のかかわりが?」

「岩鶴家は岩亀家の親戚、まあ僕たちと同格の名家。で、その中から奇しくも同時期に、もちろん本陣が構える福山から、失踪した一人の少女がいたそうですよ。名前は(いわ)(づる) (ほう)(づき)といいます」

「普通、大事になりそうですが……」

「彼らは隠蔽、無かったことにするほうを選んだのですよ」

「この扇子で幸せをかき集めた、というのは、これを振りかざせば、本来付きまとう信用問題をある程度解決できるという意味だろうね」


「そこまで絞れたのはいいけど、これからどうする?行くの?浜松」

「そうするしかないですよね」

「そこら辺はご安心を。ヘリコプターを出しますので、空中からビラ投下、からの聞き込み調査はどうでしょうか?」

「派手にやるなぁ……。上手くいくの?」

「派手なので、上手くいきます」


 岩亀家の手綱を引いているとは想像できない適当さで、岩亀は親指で太鼓判を押した。まあどんな作戦であれ、依頼主がいないことには始まらないので、明日を待とうと思ったら、時雨からミヤコワスレので寝ていると連絡があった。


 半信半疑で現場に向かうと、ホールの奥にある和室で、澪都がすやすやと良い夢を見ていた。畳の上に直で寝ているが、尻尾のおかげで一部は守られているようだった。


「この間、尻尾を持たされた時の。マスターはほっといてあげてって言ってたけど、何なのこの子……」

「とりあえずそれを下ろしなさいよ……」


 時雨はちょっかいでも出そうとしたのか、枝切りばさみを構えている。せめて木の枝ぐらいにしておいてくれ、人が死ぬ。


 葛藤と格闘の末、私は澪都の頬を指でつっついてみたり、最後はエスカレートして腕をあらぬ方向に曲げてみたりしたが、反応は一切なかった。


「火事で逃げ遅れそう」

「燃やすかー」

「マスター!バイトが謀反を起こそうとしてまーす……」

「うそうそっ、やらないからっ、こんな素晴らしいバイト先他にないからっ」


 もう一つ昏睡状態の人間が増えるところだった。


 時雨に口を押えられていると、過去のトラウマを思い出した。まんまと騙された私は、誕生日に巨大なスピーカーから音波攻撃を受けたのである。ハイレゾの上を行く圧倒的な臨場感、爆風を浴びたかのような空気圧を、体感してもらおう。私たちは店内からスピーカーを引き摺り出して、店内に他の客がいるのもお構いなく、爆音を流した。


「あっ、起きました……?おはようございます」

「何事……。夏に眠ると書くほうの夏眠をしてるんだけど……。私、前世はカタツムリなので……」

「いや、ツッコまないといけない部分、増やさないでもらえる?」


 悠然とあくびをしながら、再び眠りの底を見に行こうとしたので、強引に引っ張り出して、交渉のテーブルに着かせた。


「眠い……」

「嘉琳、私はやりすぎだと思いますよー」

「それが全部許されるぐらい、馬原さんに有益な情報を携えてますんでー」

「私は、ちゃっかり目を覚まさせようと、コーヒーを出してきたほうが、極悪人だと思う……」


 とは言いつつ、澪都はコーヒーをしっかり飲み干した。


「一つ聞きたいんだけど、なんでこんな所で寝てるの?」

「コーヒーと紅茶の香りは、量子力学的に良い波動を放つから、私をより高い次元に連れて行ってくれるの」

「適当なこと言うと、お前の存在を非エルミートにするぞ。で、実際はどうなんです?」

「安全に寝られるから。それ以外に理由が必要?」


 澪都は一人で同調圧力を迫ってきた。他の人も身を潜めて、草木の中で昼寝する風習を持っていると主張していらっしゃる?そんな世界なら、布団の素晴らしさを布教するだけで、お手軽に崇敬を集められるのに。


「常識はインストールされていますか……」

「前は近所の公園で寝てたんだけど、ご近所モサドに察知され、親からしつこく叱られたの」

「モサドって……。まあすぐに新人を受け入れないところとか似てるけど、そうじゃなくて、学校にも行かずに、こんな場所で寝てることが疑問なんですよ……」

「これはイルミナティによって隠された真実なんだけど、人間は24時間周期で睡眠と覚醒を繰り返すと、秘められた第666感が爆発し、カストロ並みの危機管理能力を手に入れられるんだよね」


 後半の意味はわからないが、つまるところ2日に一回しか学校に来ないのは、その日中どこかで泥のように眠っているかららしい。まあ、マスターの許可を貰っているなら、とりあえず不問にしておこう。嘘をつくのは楽しいけど、つかれるのはとてつもなく疲れるのだ。


「それより超音波攻撃を仕掛けてまで伝えたかったことって何。お姉ちゃんが見つかった?それ以外認めないけど」


 十分可聴域だっただろというツッコミを心の中で済ませつつ頷くと、1/3ぐらい閉じていた澪都の瞼が見開いた。よほど心待ちにしていたらしい。私はミス研の皆さんの推理を、若干自分の実績のように語っておいた。


「行く。今から」


 澪都は迷わず席から立ち上がった。


「わかったわかった。そりゃあ、お姉ちゃんに会いたいよね」


 カウンターに肘を突いている時雨にでも視線を送ろうとしたが、澪都が微動だにせず私を見下しているほうが気になった。


「行くよ?」

「いや、今からは無理でしょ」

「私、人間はまだまだ捨てたもんじゃないと思うの」

「勝手に上位有機体になってないで、座れって」

「はい座った。100万円」


 そう言って澪都は手を翻した。


「馬原さんも人を見る目が肥えてるねぇ。ミス研の片割れ、お金持ちだからヘリ出してくれるってさ」

「私は探してって依頼を出したの。早く取っ捕まえて連れてきて」

「どっちなんだよ」

「どっちって、私がこんなに舞い上がってるのに、そんな冷静にいることを求めないで」


 澪都にとって、姉がそれだけ重要な存在であるというのもそうだが、周囲から何を思われようと平然としていた、起伏に乏しい彼女の感情が動いているわけで、この出来事が澪都の生き方を変える嚆矢になる……のかもしれない、なんてミス研の神格化に加担していた。


「一つ聞きたいんだけど、どうしてそんなに姉に会いたいの?いや、野暮な質問か……」

「全くもってその通りね。じゃあ寝るから。寝ないと別の次元に行ってしまう……」

「そういう意味じゃないんだけど……!」


 澪都は不安定な足取りで奥の和室に戻っていった。……眠気に耐えかねてドミノのように倒れた。


「ちょっと、仕事増やすな!自分で歩け!」

「はい時雨ちゃん、足のほう持って。行くよー」


 しかし、一銭も金を落とさない客にその待遇とは……。店内であばれ神輿をやっても、参戦してきそうである。

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