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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第7話:薄明逃避行
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推理制作サークル

 さて、数日熟成させたので、いい加減問題は解決していることだろう。私は再び小会議室を訪れた。戒名は撤去されていた。解決したんだな、きっと邪魔だから撤去されたとか、我が校の生徒会に限ってそんな了見が狭いはずがない。


「まずは駐輪場にカメラでも設置しましょうよ!」

「おっと、それはいかんな」

「どうしてですかー」

「だって推理にならないじゃん」

「せめてもっとまともな理由付けしなよ、まっちゃん」

「だってカメラを付けたら、犯人が警戒して尻尾を見せなくなる……待てよ、尻尾……?尻尾だ!」


「しっぽり明朝?」


 人差し指を人に向けるな、磁場が流し込まれて血行が良くなっちゃうかもしれないだろ。


 安楽死モラトリアム探偵だと思っていたのだが、二人は虫取りに行くようなテンションで、でもペンライトを片手に外出していった。


 一方颯理には翌日、自分についてくるよう言われた。


「どこへ向かってるの?」

「嘉琳さんは知ってます?目黒五郎助を」

「いま私の脳内を武田勝頼の騎馬隊が駆けていった……江戸時代の庶民の味方?」

「違いますよ。そういうコードネームです」

「コードネームとは大げさな」


 この学校で最も畏れられていると言っても過言ではない人物、それが目黒五郎助らしい。颯理によればその人は検眼枠をかけていて、頬にはぐるぐる巻きのリコリス菓子が貼り付けて、戦隊モノのベルトを腰の低い位置で締めて、極めつけに床をこするぐらい巨大なリスの尻尾、もといダニの住処をぶら下げている……。


「本当にそんな人いるの?」

「見かけたことないんですか?」

「えぇ……、噂に尾ひれ背びれ胸びれふかひれコヒーレンスが付いただけって言ってくれよ……」

「しかも2日に一回しか学校に現れないんですよ」


 2日に一回でもそんな変人と遭遇したくない。エレファント・イン・ザ・ルームをご存知ないのか?どう考えても気軽に触れていい存在ではないし、きっと向こうも触れてほしくないのだろう。


「実はここ数日も夜の間、誰かが忘れていった自転車のサドルがブロッコリーになってたんですが、必ず2日に一回の犯行なんですよ」

「誰も自転車を忘れなければ事件は起きないわけだし、そもそも統計的に有意と言えるのですか?」

「松下さんが確認してましたよ。毎日下校時刻を過ぎるまで息を潜めて、自転車が忘れられているのを記録して帰ってまして」

「そこまでするならカメラ設置しろよ!」


 こんな調子だと、もしこの辺で殺人事件が起こったら大変だ。私も殺されないように気を付けよう。


 というわけで、颯理の当該人物との接触に渋々同行した。はぁ、昨日も物理室に籠っておけば良かったと、溜息の一つや二つ付きたくなる。刺激なんて、創作家でもない限り必要ないだろうに。


 で、昼休みに校内を隈なくと形容するほど探すまでもなく、その世界の噂の中心は、1年6組教室の端で黙々購買のパンを食べていた。彼女の手元には、よく話題に持ち上がる有名な参考書があった。


「わかりやすいですね」

「なんで今まで気付かなかったんだろう……。いや気付きたくなかったけど」

「はい、声掛けてきてください、おびき出してくださいっ」


 颯理は優しく私の背中を押した。優しくても意志がだだ漏れでは意味がない。私は颯理を睨み返したが、少しずつ押す力が強くなってきた。


「いや6組とか、知り合いいないし……」

「嘉琳さんの図太さがあれば、米英など敵でない!」

「早まるな颯理。友を売るなんて、心が痛まないのかっ」

「これはこの間のお礼を強制してるんですよ!時雨さんを追ってあげたじゃないですか!」

「いやいや、文化祭ライブの時に、散々慰めてあげたでしょ」

「うあぁーっ、それは言わないでくださいーっ。どうしてそういうことを……婉曲表現を知らないんですかぁーっ」


 颯理じゃなかったら、この肩ポカポカに問答無用でリフージングブラストを撃ち込むところだった。しかし小さじ一杯の羞恥があるので、そっとスマホを取り出し、この様子を写真に収めた。


「弱み握ってもらって構いませんよ。私は嘉琳さんのこと、信頼してますから」


 と、眼を潤ませて微笑む颯理であった。しかし、こんな大っぴらに見せびらかすものではない。場所を改めてもう一度やってほしい。


「主導権握るのやめてもらっていいですか」

「いいから、話しかけてきてくださぁーいぃー」

「どうすんの、あのほっぺたについてるやつを口に捻じ込まれたら!」

「あれは食べ物なんで大丈夫ですっ」

「お二人は楽しそうなことをしてますね!私も混ぜてください!ようこそ、こちら側へ!」

「うおわっ」


 天稲はこのクラスだったらしい。どこからともなく現れ、河童のように私を教室へ引きずり込んだ。肩が外れた経験はないが、その寸前みたいな感触があって、思わず肩をさすってしまった。


「はぁ、本気出さないでよ……。びっくりした」

「すいません!スーパーノヴァの使い手なので、日頃からトレーニングしているものだと思い込んでいました!」

「そっち側に行ってしまったんだし、もう話しかけてきてくださいますよね?」

「うぅ、かわいい颯理のほうが好きです……」

「何も落ち込むことはありません!私がお供します!」


 これだと、腫物を突く命知らずな冷やかしじゃないか。そうはなりたくなかったなぁ……。

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