美味しい面接
私は自分が信じているよりずっと、社会に馴染んでいる。そう、バイトの面接という極めて社会的な関所に対して、これだけ激しい動悸に見舞われているのだから。まあその確認は、緊張を和らげるのに役立ってくれないんだけど。
ミヤコワスレは学校からそんなに離れていないので、もう目と鼻の先で構えている。ここを選んだ理由は単純。一応それなりにマスターと仲良くなってるし、時給もそれなりにいいからである。欠点は友人風情にバレることであるが、チェーン店のレジみたいに真面目に愛想を作る必要がないだろうから、どうせ冷やかしようがない。
そして残るのは、お賃金となんかお利口な雰囲気の2つだけ。そうだ、このタイミングとこの場所でバイトをするのは、純情温情乙女として最適解なんだ。それでも小動物感を店の前で繕いきれないでいると、突然誰かに話しかけられて思わず飛び上がってしまった。
「おーおっお客様ですかっ!?」
「んあっ!?なんだ成か。何してるの?最近忙しいらしいけど」
「質問に答えよ!お客様ですか……?」
随分と態度の悪いバイトだ。さては反面教師として嘉琳が送り込んだな?
「私もここで働こうと決心しまして」
「うへぇ、仲間か」
「喜びが隠せてないよ!?」
成は仲間がいて安堵したのか、平然とミヤコワスレの扉を開けて、店内にずかずか入っていった。彼女の心中は容易く理解できるし、こちらも頭の中が真っ白にならなくて済みそうとは言え、あまりにも露骨だな……。成が落としたスマホを拾ってから、私も後に続いた。
店内はいつも通りがらんどう、私たちはカウンター席に並んで座り、面接が始まった。
「はい、じゃあ面接を始めるけどその前に。この店でもスープバーみたいなのをやってみようと思ってね。試食してくれないかな」
マスターは豚汁とサツマイモのポタージュを、七味唐辛子と黒胡椒の瓶と共に私たちの前に出した。美味しそうではあるが、ポタージュはともかく、豚汁が水と有機化合物ぐらい、店の雰囲気とマッチしていない。これをコーヒーや紅茶と飲むのか……?
早く飲まないとどんどん冷めていく。そして向こうの印象もどんどん悪化していく。わかってはいるのだが、隣の成が動作を停止している。先に飲んでほしいので必死に目線を送るが、見事にスルーされている。
「遠慮しないでー。結構頑張ったんだよ。地産地消、これを掲げれば、金をちょっと持ってるちょっぴりマダムが釣れる」
「これって毒が入ってむぐぐぐぐっ……」
「おい待てぃっ。面接だよ!?」
いくら何でもそこまで親しくなくても、こやつの口を塞がなければ巻き添えを食らうかもしれない。なんだ、やっぱり嘉琳が送り込んだ刺客じゃないか。
「何が入ってるって?」
「あぁーっ、いやその、インテルです、インテル入ってるって言いたかったんだよね、ねっ!?」
「知らないのか?giftは英語では贈り物って意味でも、ドイツ語だと毒になるんだぞ」
お願いだから嘉琳の計略であってください。こんなことをこんな場で、しかも素面で面と向かって言い張ってしまうなんて、お母さん心配です。
「あのぉ……、冷める前に一口飲んでみてくれない……?」
私も成も、困っている人を見かけたら助けずにはいられないので、意を決して豚汁とポタージュを口にした。温かいスープは、私たちを落ち着けてくれた。なるほど、マスターの優しさが盛られていたのか。
「うん、合格です。二人とも、今日からでも働いていいよ」
何かを試されている気はしていたが、やはりそうだったか。基準は知らないけど、まあ受かったなら良し、目を光らせるだけ光らせて、何もわからなかったから愚直にスープを飲んだ私に乾杯。
「一緒に出した調味料を、一口も飲まずにかけたらアウトにしようと考えてたの」
「なるほど、そんなトラップがあったんですね……」
「あのエジソンがやったらしいよ」
「これって電気椅子を作らされるバイトでしたっけ?」
呆然としている成はともかく、何はともあれ、無事にバイトを始められた。めでたしめでたし。