純情温情乙女もうなだれる
「どうして、どぉーしてだよぉーっ、かりーん」
「まっ、本人は良かれと思ってやったことだろうから。その寛大な御心でご容赦くださいませ」
黎夢の自白があった翌日の放課後、私は時雨にも真相を話した。予想通りわかりやすく、人目も憚らず、大声でうなだれながら地団駄を踏んだ。
黎夢は自身の能力を人々に役立てようと、文化祭で占いという形で人々から悩みを集め、夢の中で寛解させて見せた。だが時雨の妹に関しては、黎夢が創作した部分が大きい。よって当然、何が正解かはわからないのだが、それならもっと時雨の負担にならないようにしてあげれば、こうやって全身で感情を逃がさなくても済んだだろうに。
「だいたい、あれじゃあ妹がかわいそうじゃん。ある日、姉の人格がまるっきり変わってたらさ、私だったらもっと過激になってるよ」
私は木の枝でなめくじをつつく子供を見守るかのように、時雨をじっと見つめた。
「あっ、いや、だって、嘉琳もやられてみたらわかるよ。妹だなぁって気持ちになる」
「やっぱり人の心はあるんだねぇ」
「逆に、短く感じてしまう……。願ってはいけないことなのかもしれないけど、もっと上手くやれたかもしれないし」
「それはまた宇野木さんにお願いしたら、喜んでやってくれるんじゃない?」
「ばっっかじゃないの!なんで夢の中の登場人物に、負い目なんて感じさせられなきゃなんないのよ」
やっぱりお怒りだったので、隣にある自販機で天然水を買って渡した。そりゃ、こんな狭量な人間に、コーヒーなんて奢れるもんか。
「わかってるじゃん」
「何が?」
「立花さんとミヤコワスレのせいで、もう市販の紅茶とかコーヒーには戻れんのさ」
「そういうことは、私以外には公言するなよー。痛い子だと認知される」
と、ゆがんだ顔で時雨に迫って警告しておいた。
「それで、黎夢の悪事については終わり?」
「うん、そうだけど」
「じゃっ、今日は行かないといけない場所があるので。先に上がりますよー」
時雨はそう言って、ベンチに置いてあったリュックを背負った。なんか、爽やかにせかせかしている。
「部活は?」
「事前に颯理に言ってありますー」
「ん?うーん、雪環さんのところとか?」
「なんでそうなるの」
「いやいや、どう考えても純情温情乙女の対馬海流来てたじゃん。妹だけじゃなくて、友達まで慮るんじゃないの!?」
「言われて思い出した。そんな人もいましたねぇ」
「ちょっと照れてるの?」
「うっさい。今日は本当にそういうのじゃないからね。というか、ゆきは嘉琳のほうが好きだろうし、そっちが会いに行けばいいじゃない」
「どうした……?卑屈になって」
「私はね、あんなに空蝉を恐れていたゆきが、嘉琳にはからっと心を開いちゃったのが、今になって腹立たしい……」
「ちなみに、私には時間稼ぎの意図はないからね。遅れても知らないよ」
「ゆきは、頼んだよ。やばっ、走るしかないかーっ」
時雨は最後までふざけつつ、一直線に校舎から出て行った。深刻な話ではなく、私の助けが必要ないのは確実だが、単純に気になるので、とりあえず颯理に連絡してみた。信頼を損ねるようなことはしたくないし、何よりこの後、雪環の家に行かないといけなくなくなったので、代わりに追跡調査してもらおう。
「もしもし、こちらは笹……」
「はーい颯理、今学校を出て行った時雨を追えたりしない?」
「はっ、え?確かに、ここから校門に向かってる時雨さんが見えますが……」
「やってくれるよね?」
「え……、どうしてそんな、まるで脅すような感じなんですかっ」
「文化祭の時に、散々媚びを売ったでしょ。だから協力……」
「おいちょっと、うちの颯理に物を頼む態度か!?」
「ひえっ、ごめんなさいっ」
東京を逆さまにしたかのような掛け声で、通話に小川が乱入してきた。小川が横にいるなんて聞いてないんだが。あんなの強すぎて番犬どころか結界だ……。
とは言え、日頃の行いの善さを颯理様は見ていらっしゃるので、慈悲深く私のお願いを聞き入れてくれた。時雨が事前に連絡を入れて部活を休むほどの用事とは、一体何なのだろうか。




