自白
一人の土下座する少女を取り囲むように、私たちは半円状の壁を成している。だが壁ならば、教科書で早弁を隠すように、見られたくないものを隠せるような方向に作るべきである。内心各々ひやひやしていると、常葉が小会議室の鍵を閉め、それを見て陽菜が生徒会室に繋がる扉の鍵を閉めた。
「れむ、せっぷくのかくごあり。どんなげんばつもやむなし」
「私刑を執行するつもりはないんだけど……。ただ答え合わせができればいいので」
「えんりょしないでください。そのまま刀をすぱっとやっちゃってください!」
「ダモクレスの剣やる?」
膠着状態を打破する、気の利いた一言を投げかけてみた。効果は全くなかった。
「剣を探すところからやらないといけませんね」
「それなら、この学校でいつも帯刀している人いるじゃないですかー」
「良くないよ!?介錯って難しいんだから。って、許してあげようよー!いじめ、いじめ、エーレンフェストちゃーん!」
「名前はルイーザだけど?」
「ふんだりけったりはずかしめたり、なんでもうけたまわります」
「もしかして、私たちの良心を傷つけようとする作戦なんじゃないか?」
「小川、濁ってます、道頓堀ぐらい」
「そぉー、いいよ、もっとれむをおとしめてほしいのー……」
「小川女史の言う通り、やっぱり楽しんでる気が……」
このままでは埒が明かない。みんなが平等に押し潰されている中、一人だけ、魔女のささやかなる嘲笑を浮かべたくてうずうずしている。
「自業自得の極み、私たちが許すまで、そこでずっとそうやってなさい」
桜歌の驕り高ぶる姿には我慢ができなかったようで、黎夢は土下座から解放された。心底楽しそうにしていた悪い目つきは、あっという間に没収された。
「ちばにゃんひどいーっ。やさしさがたりないーっ」
「ちっ、どうして、どうしてここには奴がいないのっ……」
「やつ?」
「立花何とかって人!呼んできて……」
桜歌は机に押し倒された。真朱帆は力があるが野蛮すぎるので、この場には呼ばないでおいたのだった。ちなみに時雨も呼んでいないが、こちらは私の優しさからなので、なんか貢いでほしい。
黎夢が水を得たところで、真相を話してもらう。硬い床に正座してもらう必要は皆無だが……。やっぱりいじめの現場みたいなので、扉の隙間から覗かれないよう、しっかりガードした。
「えっと、あらためまして、れむは宇野木 黎夢、宇津保物語の宇に、遠野物語の野に、木草物語の木に、志國土佐時代黎明物語の黎に、夢物語の夢で宇野木 黎夢なのー」
「こちらの質問に答えてくれるだけでいいですよ。まずは、あなたが9月11日及び12日にかけて、当校の生徒複数名に対し、夢のようなものを見せたというのは、事実ですか?」
「はい」
「どうしてそんなことを?」
「はい」
「あっ、 “はい” か “Yes” の二択じゃないんで」
「のー」
「自由記述問題ってことは、点数配分高いんだから、しっかり取り組みたいね、推薦で入ったけど」
「被疑者も我々も取り調べが向いてなさすぎる」
小川がそう嘆いたが、それはどうにもならないのでトントン拍子に見せかけよう。
「れむは、ゆめをえがけるのうりょくをもっていますぅ。どんなゆめでも、だれにでも作ることができるのー」
「それなら今、僕たちにもできますか?」
「できるけど、いまねむい?」
「眠い?」
「れむができるのはゆめをみせることだけ。ねかしつけることはできないのー。そして、見せたいあいてとは、じぜんに目をあわせておかないとなのー」
黎夢と目を合わせた二人は、すぐに何度か瞬きをしたり、指で眉間を触ったりした。私も文化祭の前、初めて黎夢に会った時、意識が肉体から離れるような感触を味わったのを思い出した。
「なるほどな……。もしかして、目を合わせた相手の記憶を読み取れたりする?」
「そう。あぁっ、だからってあくようしたりないよっ!?こののうりょくは人のためにつかいなさいって、おかあさんにしつこくいわれてるから」
「つ、つまり、私の初恋の相手も……ぜぜったい名前言わないでよ!」
「フェスの地元の人だったら、どうせ知らないから平気だよ。ほら言ってみな」
「大丈夫ですか?嘉琳さん。知りませんよ、自分に飛び火して痛い目見ても」
そうだった、その辺の話題とは無縁じゃなかった。だが黎夢は、頑なに人の記憶の情報を話そうとしない。何だかんだ言って死を恐れている、のではなく、黎夢は母親の言いつけを忠実に守れる、力を持っても暴走しない、真に優しい人間だということだけがわかった。
「その人のきおくは、ぜんぶ見えるから、たとえばほんにんがおもいだせない事故のきおくなんかも、れむは知ることができるのー。あっ、だからあくようしたりないよっ!?」
「ということは、ん、どうなるんだ?時雨の妹は、生まれた直後に天に召されたらしいけど」
「きっと本人はおもいだせないだろうけど、おやが口にしたいもうとのなまえとかが、たしかにのうないにほかんされてたのー。せいかくはほかんしたけどねぇー」
つまり、お姉たんは黎夢からのささやかなプレゼントだったということだ。今なら桜歌の気持ちがよくわかる。
「私が気になるのは、夢から醒める条件かな。あれって、みんなの願いが叶うっていうので当たってる?」
「あぁ、それはぶぶんてんもあげられないのー」
「おい嘉琳」
「いや、え?1年生の夢ってことで手を打ちませんか?」
「中学生からやり直しだね」
小川はからかいたくなったのか、私にほら見ろと言わんばかりに、視線を向けてきた。どうしてミステリーサークルの二人が夢に囚われなかったんだ。そうしたら、状況を整理し推理して民を導く役は、私じゃなかっただろうに。
「れむがどうしたらさめるのか、じょーけんをさだめているのー」
「でも逆ゲッシュという概念は存在したのね」
「今回は何だったんですか?」
「こんかいは、しぐれぇがいもうとの正体をしったら。そのじてんできょーせいてきに終わり。でも、みんなのゆめはできるだけかなえたよ」
「それなら、私の願いは何だったの?」
「あっ、とくになさそうだったから、そのままなのー」
「欲がないことはいいことだよ、嘉琳ちゃん」
「お母さんかよ」
「いいえ、日本昔話!」
恒久的な世界平和と持続可能な人類発展という夢は、黎夢の手には余るものだったというわけか。それはそうとあの時、もう少し時雨がぐずっていたら、と考えるとぞっとする。もっと余裕を持った夢設計を心掛けてほしいものだ。
「ちなみに、例えば夢の中でAという人物がBすることが逆ゲッシュだった場合、AがBする前に死んだらどうなるんだ?」
「いいしつもんだねぇ。詰みだよ、たぶーん。なんなら、ゆめの中でしぬと、なにがおこるかわかんない。げんじつでも死ぬかもしれないし、そんなことはないかもしれない」
「怖すぎる、想像しただけで死にそうーっ」
「いや陽菜、現実は死んだら絶対に戻らないことが確定してるから、夢の中のほうが安全だよ」
「そっかぁ、じゃあずっと夢の中にいようかなっ」
「ゆめの中のじかんは、げんじつでねむっているじかんに収まるようあっしゅくされるから、せいぜいすうじかんしか進まないのー」
「これくらい知識を持っておけば、また夢を見せられたとしても、何とかなりますかね」
「これ以上は深入りしてもしょうがないか」
「だね、僕たちは生物にも物理にも通じていないから」
「世の中、不思議なこともあるもんだなぁ。嘉琳はこういう現象について、何か知らないの?」
「何って、また適当に振ってきたな……。生物は全然よ、ちょっと調べてみようとは思ったけど」
「生物だけの問題かぁ?一瞬にして、脳に蓄積された大量のデータが移送される。ほら、量子テレポーテーションとか」
「しーらね」
迂闊なことを言うと斬られるのが世の常である。
「まあまあレムーリン、元気と声出してこー!」
「うわぁ、体育会系ですね……」
「レムーリンげんきだしちゃうのー!」
別に黎夢の行いを責める者など誰もいないということが、今回の質問攻めでわからされたようで、陽菜に励まされてキリストのように復活を遂げた黎夢は、また桜歌に絡み始めた。謎は全て解かれて一件落着。ほっとしていると、扉を激しく叩く不届き者が現れた。
「おい、開けろ!警察だー、私にもしゃぶしゃぶぱーりーさせろー!」
「時雨っち、手痛くならない?」
「うん限界だ。蹴り飛ばすか」
「もうちょっとお上品に生きたら?」
「確かに、箱入り娘なので」