親からのありがたいお言葉
嘉琳に励まされたからと言って、劇的に心境が変わって、人が変わってくれたら、それはそれで多方面から心配されるだろうが、特にお変わりなく、くよくよしている。しかし家に着くや否や、さっさと母親に写真のことを尋ねていた。結局、嘉琳がいようといなかろうと、葛藤に耐えかねて、詰問しちゃってた気がする。
「この間の写真、あれは私の双子の妹だよね」
意図せず、自分の親と対立した探偵みたいになってしまった。しかも、隠し子とかだった場合、また心配の糧にされてしまう。
「……どうしてそう思うの?」
「えっと……、そりゃあだって、ふっ双子だよ。自分の双子ぐらい、わかって当然」
夢の中で妹に出会ったなんて聞いたら、仮に真実だとしても痛い子だと思われるに違いない。自分の欲に負けて、なんも作戦を立てていなかった。あっ、実は私、妹のことを覚えているんだった。幼児期健忘がなかったことにしよう。
「それに、色々考えてたら、なんか隣にいたなぁーって気がしてきて」
「そんなはずない。時雨ちゃんには兄弟なんていないよ」
「本当に?嘘だったら、すっごく悲しい気持ちになるよ」
相手の良心に訴えて状況を打破しようとする、最低な発言をしてしまったが、効果は抜群のようだ。母親は唇を震わせ、私の良心に共鳴させようとしてくる。人の痛みがわかる子に育ってしまったせいで、私には謝って脱兎の如く退散する選択肢もある。
迷っていたら父親が家に帰ってきて、リビングのドアを開けた。職場が近いとは言え、残業がないとは珍しい。それにしてもパッとしない表情だなぁと思って前を見たら、母親が涙を流していた。眩むこと覚悟で勢いよく立ち上がって、父親のご機嫌を取った。
「違うの、これは違うんだよ!?私が泣かせたって思ってるでしょ。えぇそうとも、弁明の余地はないけど、どうか怒らないで……」
まあ正直なことを言うと、さすがに年頃の娘に鉄拳制裁は加えないだろうと、慢心はしている。
「時雨は、勘付いていたのか?いつから」
「え?昨日だよ。だって、自分の小さい頃の写真だったら、私が見て困ることないでしょ?」
「それを仕組んだのは俺だけどな。はーあ、言ってしまえばいいのに」
どうやら父と母で長い間対立していたらしい。だが、その発言は迂闊過ぎないか……。一人緊張が走るも、言われ慣れているのか、涙が枯れたら母親は自分から妹の話をしてくれた。
夢の中で妹から聞いた通り、妹は生誕直後に亡くなり、嘉琳の推理通り名前も変更されたとか。おいおい、あの人頭良くないか、ミステリーサークルにでも入ればいいのに。
「付け足すと、菜羽が息を引き取ってから、母さんは体も弱ってたし、少し心を病んでしまってね。手続きは全部俺がやったんだけど、蒼羽はやめろとご意見があり、考えに考え抜いた末、時雨という名前を与えました」
「おー、名付け親はお父さんだったんだ」
「まあ、思いつかなくて、窓の外を見たら雨がいっぱい降ってたから、そこから付けたというのは内緒……」
「それは言わなくていいよ。せっかく、人と違う感じがして、愉悦に浸ってたんだから」
「菜羽のことを取り憑かれたように想ってしまって、お父さんの言う通り、しばらく育児放棄みたいな状態になっちゃたの。改めて考えると酷い母親だね……。傷つくよね、自分に向けられた愛が、こんなにも不純な動機で生まれたものだと知ったら」
人工的に合成されたダイヤも、地中に埋まっているダイヤも、なんら大差ないのと同じように、どんな動機であっても、貰った愛は素晴らしい物であることは揺らがない。と、言ってしまうと、雰囲気が粉微塵なので、話題を逸らすことにしよう。
「その分たくさん優しくしてくれたなら、私はそれで十分だよ。それより、一人の人間の生きた証を全て消そうとするのは、ちょっと賛成できない。あの写真、どこやったの?」
「時雨ちゃん、それは……」
「え、観念してよぉー」
母親は私をずっしり抱きしめて、耳元で説法を始めた。
「いい?すでにこの世を去った人に囚われると、不幸になるよ。今生きている人、目の前にいる人が何より大切だからね。もちろん、沢山の思い出、あるはずだった未来、それらに思いを馳せたくなるのはわかるけど、どうやったって戻ってはこない」
「そうやって割り切れたら、死後の世界なんて、誰も考えつかないよ」
「そうだけど……。これは自分への戒めでもあるんだよ。時雨ちゃんの言う通り、菜羽の写真はどこか見える場所に貼っておくね」
もっと早く気付ければ、もっと早く解放できたのか。それとも、これは解放ではなく新たな鎖を作っただけなのか。何にせよ、親も瑕疵のある人間であることを思い知らされた。ただそれと同時に、ただ優等生を続けるだけじゃなくて、一歩踏み込んだ行動をすることで、変えることができることもわかった。夢を見るのも悪くない。そして寿司はいつ食べても美味しい。