ミステリーサークル
片付けまでが文化祭、私は業務報告のために生徒会室に、重い足取りで向かった。もう二度とあそこに行くことはないと思ってたのに、やっぱり夢から醒めなければ良かった。
「この世界には、まだまだ不思議なことがあるものですね~。人間の精神を説明するのに、物理学だけでは遠回り過ぎるのかも?」
「それは夢なん?夢とは脳が記憶を整理する過程で生じるものであって、一個人の記憶に依存すると思うんだが」
「私以外の人も、口を揃えて夢だと形容しているんですよ」
「じゃあコンセンサスは取れていると」
「というか、僕も思い出したよ。日本でどうして獏に夢を食むという性質が加えられたのか。その一説には人の夢を自在に操れる、妖怪に取り憑かれた人間が各地にいて、彼らに対抗するために、一般人は救いを求めたんだとか」
生徒会室の隣にある小会議室で、生徒会長もどきと素性の知れない二人が、興味深い話をしていた。小会議室と書いてある看板の上に、ミステリーサークルと手書きされた紙が貼り付けてある。面白そうだし、生徒会長もどきに用事があるし中に入った。
「おっつでーす。業務報告ー、1年生、全クラス片付け終了しました!何の話してたの?」
「ありがとう。あれだよ、昨日の夢の話。フェスさんも見たよね?」
「うん!だいぶ酷い目に遭ったけどね」
「ん、あなたたちは生徒会長を捕縛した変な人じゃん」
「あれは目的のための致し方ない犠牲だったんだよ。自分だってやりたくはなかった」
振り返ると嘉琳が入ってくるのが見えた。
「あっどうも、颯理に呼ばれたんだけど、何をするの?」
「はい、早速二人を紹介しますね」
「紹介なんてたいそうなことしなくても、僕のことは皆知ってるでしょ。テレビによく出てるから」
「最近の若者はテレビ見ないからー。ねっ、嘉琳ちゃん」
「私をZ世代の象徴にしようとするな」
「テレビに出てるって……。報道がほとんどだろ」
鞭が似合いそうな、爽やかな青年はツッコミをいい笑顔で受け流し、自己紹介を始めた。
「僕は岩亀 一樹、幻想曲『岩』の岩に、動物の謝肉祭第4曲『亀』の亀に、『禿山の一夜』の一に、『樹の組曲』の樹で岩亀 一樹。日本を牛耳る岩亀家の18代当主……の予定」
「あの岩亀ですか!岩亀金属鉱業株式会社の!」
「今は社名変わってなかったっけ……?」
なんかわからないけど、授業でやったことがある気がする。その一点だけで、私は舞い上がっていた。
「岩亀家って、まだ岩亀グループの株式持ってるんだっけ」
「そうだよ。ひいおじいちゃんが財閥解体をあの手この手で回避してくれたおかげで、我々はもはや永遠の繁栄を手に入れた」
「それはどうなんだ?この間も、アメリカの高速鉄道参入に失敗したとか聞いたけど」
「あのね、グループ内企業一つ一つの舵取りをするのが、僕の仕事じゃないから。だいたい、そんなので潰れるような脆いグループじゃないよ」
これがお金持ちの余裕かと感心するしかない。でもそういう人はおばあちゃんの温かさとか、おばあちゃんの強かさを知らないので、その点では私のほうが勝っている。あと運動能力でも。
「それで、隣の人は?」
「自分は松下 元気と言います。松下電器産業の松に、下津井電鉄の下に、創元社の元に、古河電気工業の気で松下 元気。名前に反して、ただのオタクです。以後お見知りおきを」
「おー、そういうことを言うなんて、本当にオタクだ」
大柄で貫禄のあるほうも、丁寧に自己紹介をした。 丁寧すぎて “以後お見知りおきを” なんて口にしたけど、使っている人を初めて見た。まるで探偵のようである。
「パナソニックとでも呼んであげてください」
「今の時代の人に伝わるの?それ」
「そっちも高校生、というか同級生だよね……」
「何でもいいけど、颯理はこの人たちとどういう繋がりなの?」
「どういうって言われても、最初に会ったのはどこでしたっけねぇ」
「まあまあ、そんな馴れ初めを聞きたいんじゃないでしょ?笹川さんには爆弾の展開とか、政治的な働きかけとか、文化祭の時に力を貸してもらった」
「我々、簡単な電子工作と謎作りぐらいならできるけど、人目を忍んで爆弾を仕掛けるとかできないのでね~」
「てことは、共犯……グルじゃん!騙したなぁ!こんなに、何だろう、ピュアな子を騙して楽しいかー、会長!」
私は驚きのあまり愕然として、頭から崩れ落ちた。この笹川颯理という人間は、いかにも人畜無害な態度を晒し続けているが、実態は気に入らない生徒を地雷処理に使いっぱしにする、カメハメハ大王もびっくりの悪女だ。でもこの私が目覚めているのに、嘉琳が無反応なのはおかしい。もうすでに証拠はあがっていたのかな。
「腹を立てるにはまだ早いですよ。笹川さんに、事の発端を本間さんにするよう、僕たちは計画していたんです。あなたなら、その……」
「馬鹿だから付け込まれたってことかぁ?」
「ミステリーサークルの公式見解は、 “馬鹿” だなんて、そんな乱暴な言葉を使ってませんからね?」
「えっと、変な人に騙されないよう、どうかお気を付けて……」
実行犯の颯理にまで憐れむような目を向けられた。だけど私がいなければ、この人たちの企ては上手くいかなかったわけで、私はいい仕事をしたんだ。口角を上げて、いい笑顔を意識した。
「中々派手にやったな。楽しかったけど、こんなに大がかりな仕掛け、必要だった?」
「校則で部活を作るには、生徒会→学校の順番で許可が必要なんですが、いつかの代が作った生徒会掟十五条によれば、部活の新設は禁止とあるんですよ。それで……」
「そんなこと言ってるけど、どうせ生徒会長に立候補した時の実績作りでしょ?」
「実に30年以上ぶりに部活が新設されるんです。それに携わった私は、当然評価されて然るべきでしょう」
「対抗馬が私じゃなかったら投票するよー!」
「供託金払えるのか?」
嘉琳が馬を見るような目つきで聞いてきた。
「えっ、供託金必要なの!?」
「必要に決まってるじゃないですか」
「はっはい、私も、親に半分出してもらう予定です……」
岩亀に目配せされた颯理が、大急ぎで頷いた。多分、親御さんと上手くいってなくて、資金調達の目途が立ってないんだな、心の中で熱い応援をしておいた。
「それより、さっそく我が部活最初の謎に取っ掛かりたいんだが」
「なんだー、昨日の夢を解き明かしてくれると?」
「その言い方だと、オカルティックな卜占術を披露するみたいだけど、そういうのじゃないよ」
「要は、せっかくだし裏で何か大きな組織が関与していたらいいなーって話。イギリスの詩人バイロンが “事実は小説より奇なり” 、という言葉を編み出したけど、それはごく一部の例外だけだ。というわけで、千載一遇のチャンスを逃したくないし、十分な証言をしてもらうまで、ここから逃がさないからねー」
岩亀は小柄な体格をコンプレックスに思っているのか、はたまた次男であることがコンプレックスなのか、雄弁を捲し立てるように振るった。