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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第6話:夢を描ける少女
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恒久的な世界平和と持続可能な人類発展

 ストーカーに付き纏われる夢、借金の取り立て屋が突如として家に押し掛ける夢、チェーンソーを握った殺人ロボットに森の中で出くわす夢、夢というのはショッキングな要素が無いと覚えていてもらえないのである。扱いにくそうな武器を北朝鮮の弾道ミサイル並みに制御する敵が現れたのは、そういうことにしておこう。


 独力で目が覚めた。そしてそこはもう夢ではなかった。カーテンを開けると、そこにあったのは待ちに待った現世のご来光である。技術は格段に進歩し、水面に反射する光や、反射光の影までモニターに表示できるとは言え、高性能な人間の脳によって生み出された夢とは言え、現実の美しさには叶わないのである。


 解放感があったので、快哉を叫ぼうと思ったが、妹ではなく母親が部屋にやってきたことにギリギリで気が付き、恥をかかなくて済んだ。


 とりあえず机の上のスマホで日付を確認した。今日は2023年9月12日、火曜日である。体感2日間の夢だったが、現実ではたった一晩の出来事だったらしい。これを残念がるか、寿命が2日増えたと捉えるかで、心の広さが決まってくる。


「あぶなぁー……、乗り遅れるところだった」

「おはよう嘉琳。あらあら、お寝坊さんですか?」

「そっちは始発だからいいよなぁ」


 今日も次の駅で嘉琳が電車に乗り込んでくる。つまり彼女も無事に目が覚めたというわけで、いきなり一安心した。朝夕はだいぶ涼しくなってきたのに、それでもこれだけ汗を垂らしているということは、余程急いでいたのだろう。まあどうして遅刻しそうになっているのかは、想像に難くないのだが。


「なんか夢から醒めちゃったね」

「最後は夢らしく終わったね……。死ぬかと思った」

「死ぬかと思った?人食い熊にでもエンカウントした?」

「あっいや、何でもない。それより、時雨は願いを叶えられた?」

「不確かなことも多いんだけど、私の解釈では妹の存在を知るのが、それだったんじゃないかなーって」

「今はもう亡くなってる?」

「そうだね。難産だったらしいし、生まれた直後にはもう……だったのかな?」

「それだったら、覚えているわけないか」


「思い返してみれば、昨日の昼間に、一人の透明なゆりかごに入った赤ちゃんの写真を一瞬だけ目にしたんだけど、あれが唯一の生きた証だったのかなぁ」

「名前とか書いてなかったの?」

「それが、じっくり見られなかったんだよ。隣にいた母親がかっこよく取り上げちゃって。あ、でも夢の中で教えてもらったよ。菜羽っていうらしい。ちなみに私は蒼羽」

「かっこよく?」

「そう。まるでエッチなのはまだ早いって、子供の目を覆う過保護な親のように」

「まっ、時雨に余計な負担をかけたくなかったんでしょ」

「うーん、私はもやもやするんだよねー。名前まで変えて、徹底的に存在を抹消するのは、私はやりすぎだと思う」

「翼は二つ一組でなければ飛び立てない。だから変えたんだろうさ。縁起は良いに越したことはないからねぇ」


 電車は短いガーダー橋をけたたましい音を立てて渡った。


「そっちの願いは何だったの?」

「全く心当たりがない。時雨にも願いがあったんだから、私にも絶対あるようにできていそうなものなんだけどなぁ」

「来年は初詣に行きましょうか」

「大丈夫、 “恒久的な世界平和と持続可能な人類発展” を枕詞に、その後直近の悩みをお祈りするから。志望校に合格しますようにとかね」

「日本の神様に、全人類を救済するよう頼むなんて、向こうも困惑するでしょうよ」

「確かになぁ。国外にいる日本人は加護しなくていいのかとか、日本国籍のない在日外国人は、そもそも帰化すればルーツが海外でも加護の対象になるのか……。ざっと無神論者が考えるだけでこんなに問題が噴出するじゃん。八百万ブレッシングサービスも大変だな」

「まるで自衛隊ね……」


 電車はシジュウカラみたいな鳴き声を上げながら、再び危ない橋を渡った。まあ現実の私は嘉琳を含め、強力な友人に囲まれているから不足はないのだが、双子の妹がいたことはしかと心に牢記しておこうと思う。それがたとえ、親に意向に反することだとしても。

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