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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第6話:夢を描ける少女
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妹の圧力

 やりたいことと言えば、夢の中の物理法則を解き明かすことである。時雨たちは夢の中でも、感心すべきことに練習に励むらしいので、対する私は半導体レーザーで光速を測定し、ミリカンの実験で電子素量を算出しようとした。しかし光速は実験室で無限大に見えるぐらい速いし、そもそもクーロン力が働かないし、とても興味深い結果が得られた。


 かと言って、電気というものがないわけでもない。ちゃんと感電できるし、スマホも充電器を挿せばみるみる充電されていく。いや、もしかしてこの世界には物理というものがないのかもしれない。言ってしまえばゲームのように、スマホに充電器を挿したら、充電されているかのように表示される。ビリビリボールペンを握ったら、電流が走ったかのような痛みが生じる。そのように知覚する人間ありきでプログラムされているのだとしたら、あまり面白くない。


 すっかりしっかり日が暮れていた。時雨が待っていてくれたので、一緒に帰ることになった。


「ふあぁ~、今日は頭使ったなぁー」


 夢の中なのにあくびしたくなるぐらい眠くなってきた。


「未知を恐怖と捉えるか、好機と捉えるか、好奇と捉えるか。まあ嘉琳は一番最後だよねー」

「何かっこつけたこと言ってるの?よそではボロを出さないよう、気を付けてね」

「ボロとか言うな……。でもさぁ、さっきまで阿智原さんと話してたんだけど、夢の中でどれだけ努力しようとも、夢オチだよねって。なんか虚しくなってきた」

「颯理に言うなよ。ぜーったいあの子、夢の中だからって手を抜かないから」


 鼻で笑われて、今さら親衛隊面したことを恥ずかしくなったが、ところが夢の中なので何をしても許される。と、ここで時雨が足を止めた。校門のほうを見ると、莞日夏の姉みたいな人が、髪をぐしゃぐしゃしたり、片足をぶらぶらさせたり、シャドーボクシングに励んだり、あからさまにイライラしながら誰かを待っていた。


「あれはもしかして?」

「そのもしかして。追いかけてくるのかよ……」


 時雨の妹はこちらに気が付いて、直立不動でじっと見つめてくる。飛び掛かったり、飛び蹴りを決めたり、感情の堤防が決壊したり、そういうことが起こらないと物足りない体になっている自分が怖い、これが現実改変!?


 相手に見られている以上、北門に回るというわけにもいかないので、ゆっくり慎重に近付いていく。肩で先攻後攻じゃんけんをする私たちなのであった。


「お姉たん、その人は……?」

「国防軍の偉い人」

「んなわけあるかーっ!」


 声の勢いの割に、優しいチョップで落ち着いた。時雨はきちんと頭をこっちに傾けて、笑いを取る気満々であった。


 だがカラスの鳴く声に、私たちは黙らされてしまった。というか、めちゃくちゃ居心地悪い!姉妹喧嘩なら身内だけでやってよ!たまにT型フォードが横を駆け抜けていく中、完全に無言で駅に向かって歩いた。


 しかしそれでは埒が明かないので、電車に乗ったらスマホを開き、それで会話をすることにした。


「妹さんは人見知り?」

「知らん」

「てつい送ったけど、知ってる」

「知ってるんかい」

「こいつは人見知りじゃない」

「むしろ私が友達0っていう設定」

「それなら “お姉たん” に友達いるのに驚いたのか」

「妹からすれば、なんで通ってない高校に友達いるんだって話だし」

「あとお姉たんやめろ」

「お姉たん」

「覗かれたら死」

「ぶっちゃけ妹いて嬉しい?」

「は?」

「全然」

「一人っ子最高」

「まあ私、妹いても駄々こねてることになってるけど」

「現世の未練と結びつかないなあ」

「うわわわわわわ」

「どうした嘉琳」

「さてはお前、ローマ字入力だな」

「某のしたことが」

「推理小説書けるよ」

「めんどくさ」

「それよりどうする?」

「どうすりゃいいの(切実)」

「わかんないけど、姉妹以上の血の盟約を結べば」

「してどうすんだよ」

「夢から醒めるんだよ」

「論理構造めちゃくちゃ」

「うるせえ庭に二分探索木植えるぞ」

「じゃあ嘉琳の家を深海に沈めて」

「ピンポンツリースポンジ植えるわ」

「まっ頑張って」

「一生懸命は報われる」

「雑オブ雑、雑詠戦争、のいじーまいのりてぃー」

「そんなわけないって思うな」

「小5の時担任だった八雲先生のお言葉」

「強そう、今度勝負したい」


 そんなやり取りをしていたら、最寄駅まであっという間だった。双子の行末を見届けたいがここでお別れである。仲間内の秘密通信のように、腰のあたりで小さく手を振りながら、電車から降りた。


 妹が欲しいと本気になっていた時期がありましたと、仮にそうだとしても、時雨は断じて口を割らないだろう。しかし雪環の件もあるし、不器用で猟奇的で致命的な一面はあるが、面倒見が悪いわけでもない。だが、夢にまで見るほど妹を欲する動機にはならない。


 そう言えば、真朱帆の死者蘇生改変の話をフックに、私は時雨に以前亡くなった双子の片割れがいるのではないか、とそういう発想に至ってしまった。だが小川が言いたがらなかったように、踏み込むのは、わざわざ吊り橋のメインケーブルを渡るように危ういとわかっているが、自信があったので、帰路の途中で早速電話をかけてみた。


「おい、ますます妹の機嫌が悪くなるでしょうが」

「それを妹の横で言うのもどうかと」

「甘いな。私ぐらいになると、近くにゆきの家がある。ゆきの家の裏まで逃げればあんしーん」

「実は隣の四十九院さんの家だったりしない?」

「だったら困るから早く用件を言って」

「今から質問することは、嘘をついてもらっても構わないんだけどさ。あの、姉妹が過去にいたことがある……?」

「うん?ないよ、少なくとも認識している限りは。もしかぁーしたら、私が大口叩けない頃に亡くなって、みたいなのがあったかもしれないけど、それだったら願望にはならないしね」

「いや、あれはあくまで仮説だから。必ず各々の願望通りになってると言い切れないよ」

「さあね、誰かが私に妹がいてほしいと願ったんじゃない?嘉琳?」

「不幸な人を増やす趣味はありません……」

「……えっあっこれはちがっ」


 突然電話を切られた。後から聞いた話では、夢の中では雪環と知り合っていなかったらしい。どうやら、夢の設定上の時雨は、妹に甘えることしか能がない、今の比にならない程のダメ人間らしく、自力で人間関係を構築することすらままならないとか。


 こういうのは一番身近な自分が一番怪しいが、仮に願ったとして、何の意味があるというのだ。もし設定通りならば、私と時雨は友達ではないわけで、それは青春の喪失と言って良い程の損害ではないか。


 こうして、私は夢の中で眠れない夜に没頭するのであった。一晩かけて得られた仮説は、神の見えざる手が見えるわけないだろ、ただそれだけである。普通に明日は来るし、現実で咽び泣いている家族には悪いけど、しばらく夢を満喫することを決心した。ふぅー、今日も空は高く、資本主義は頭打ち!

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