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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第6話:夢を描ける少女
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夢見る少女のウィーン会議

 夢に生きる姿が板についてきたところで、放課後もDream Gazerたちを生徒会室に招集した。未曽有の事態に対しては、とにかく結束して、世間体の良い方向に流れるのを目指す。これが物語の鉄板である。


「現時点での我々の目標は、夢から醒めること。そして、関連性は不明だけど、今のところ以下の通りの現実改変が起こっている……と」


 私はホワイトボードに現状をまとめた。まあ大っぴらにしたくない一面もあるだろうから、真朱帆や颯理、小川の現実改変は問い詰めないでおこう。それはそうと、横では陽菜が黒いペン1本で、外国人男性の肖像を描いている。教科書で出会って一目惚れしたのだろうか。


「今のところ、私とフェスが何にもなしと。これから来るのかな。それが終わったら醒めるとか」

「それより常葉先輩の、 “和南城 蒔希の従順で優秀な家臣” っていうのが気になるんだけど……」

「私は時雨が、他校の制服を着てるのに、白高生としてふるまい続けているほうが気になるよ。圧を感じないの?」

「感じるよっ。明日からどうしよう……」


 時雨は被せるようにそう言った。


「明日のことを考えるなんて、縁起でもない。明日も夢の中だったら、全責任をシシフォスの岩してもらうよ?」


 桜歌は神向けの刑罰を、ただの人間である時雨に差し向けようとした。とりあえず止めてあげてほしい。


「まあ受け身ではダメだー。何とか夢から醒める方法を模索しよう!」

「死ぬしかないよ。この年代の心中ほど美しいものは無いから」

「そんなこと言ってると一人生き残って、計り知れない後悔と共に没するけど、それでもいいの?」

「ここにいる半分の人は生にしがみつくと、私は予想しているよ。どうせそういう人の集まりよ」


 時雨の正論に対して、桜歌は毅然と返して見せた。


「まあまあ二人とも、自殺を試みるのは最終手段ということで。可塑性の保証がないからね」

「私は、三半規管を揺さぶるといいんじゃないかって考えてるんだけど、ここから飛び降りる覚悟のある人いるー?どうせたった2階だし」

「朝、散々怖気づいてたじゃん……」

「生まれつき体が弱いんだから仕方ないでしょ」


「でも悪夢を見ていると、例えばバリトンサックスを振り下ろされたタイミングで、目が覚めてしまうことってありますよね」

「やけに具体的ですね……」


 真朱帆にせよ、陽菜にせよ、みんな悪夢を通ってきているんだなぁ。


「夢じゃなくて経験談なんじゃない?」

「バリサクを振り下ろされる経験って何。あっ、言ってみて思ったけど、確かに武器っぽい響きだな。破裂音のおかげ?」


 三半規管を揺さぶるだけなら、もう少しやりようがある。それにこれだけの人数がいるのだから、組体操のタワーの1基ぐらい完成させられるはずだ。


「もしかして、いやいや、ぜーったい、高速回転の刑に処す気でしょ!そこ、笑ってないでどうにかしてよ!」


 生徒会室には会長がふんぞり返るための、革製のお高そうな椅子がある。ありがたいことにぐるぐる回せるので、陽菜を座らせた。


「でもどうなんです?三半規管強そうじゃないですか」

「わかる、目が回ってへろへろになってる陽菜は想像できないなぁ」

「それじゃあ意味ないんで。酔うまで回しますよ」

「ひっどいーっ」

「いやいや、高速回転して吹き飛ばされないためには、体幹が強くないといけないんだよ。頑張れ、陽菜!」

「むー、こうなったら絶対耐えて見せるんだからー」


 小川が上手く説得してくれたので、私と時雨と桜歌で椅子を3等分して、力任せに回転させる。鈍い周期的な音が椅子から滲み出るが、構わず最高速度を目指した。後に計算したところ、質量を4.5 kg、回転半径は10 cmとしたら、毎秒4回転ぐらいさせれば吹っ飛ぶ楽しみもありそうだったが、あんまり息が合ってないので、多分到達していない。


 陽菜より3人の体力の総和のほうが小さいので、陽菜が音を上げる前に、各々腕の筋肉をさすったりソファーに座ったりしてしまった。


「はぁー、死ぬかと思ったー」

「はい、一息ついてないで、部屋の端から端まで走るー」

「鬼、ごろつき、フロンティア!」


 そう言いながら、陽菜は全くぶれることなく、扉のほうへ走って戻ってきた。時雨があからさまにがっかりしている。


「どうだ、私の三半規管」

「3人とも生ぬるいなぁ。先輩に任せなさぁーい」

「えっ、なんかあの軟弱3人衆とは格の違いを感じるんだけどっ。トナカイの角持ってるし!」


「あの、その椅子古いんだから、乱暴に扱わないであげてよ。そんなものを買い替えるために、私の代の予算が取られるなんて困るんだけど」


 常葉が陽菜の腕を掴んで、またその椅子に座らせようとしていると、蒔希が生徒会室にやってきていた。自然と謝罪の言葉を口にしていた。最近は何となく親しくしていたから、改めて改まられると、彼女の持つ威厳に後ずさりしてしまう。


「常葉、今から通して練習するから。スタジオ来てくれない」

「かしこまりました。お仰せのままに」

「あ、ささっさんたちも大丈夫?明日の放課後、体育館でやることが決まったから」

「何がですか?」

「文化祭ライブよ。素人が作った簡素な爆弾だったから、そんなに被害が大きくなかったみたい。もう復旧できたみたいね」


 蒔希は常葉を連れて……従えて、余韻を残しながら颯爽と練習に向かった。言われてみれば、時雨たちが演奏している真っ最中に、後ろで爆弾が爆発して、こいつらが慌てふためていたっけ。爆発がしょぼかったから、観客は何のことだかわからないまま避難させられたので、萬代橋や弥彦神社の二の舞は避けられたのだが。


「確認だけど、現実世界ではそんなこと無かったよね?」

「そう?今、二つの記憶を反復横跳びしてるけど、あんまり変わらない……」

「悪かったですねっ、倒れちゃって」


 颯理は頬を膨らませて、桜歌から目を逸らした。しかし、颯理にとって目を背けたい過去が消えた世界、あまつさえリベンジの機会まで与えられている。偶然の産物とは思えない。


「でもそうなると、この夢は欲望の煮詰まった世界なのかな。リベンジしたいんでしょ?そうしたら、見事にリベンジの機会がやってきた」

「うん、あんなので終わりにはしないつもり……、つもりなんです」


 颯理は私たちに向かって、強い口調で主張した。


「そう言えば、我がバンドは解散の渦中にあったんだっけねぇ……」


 時雨は他人事のようにそう言い放った。


「それはいいけど、つまりそれって私たちはもう死んでいることに他ならないよ!?」

「何を一人で焦ってるのさ、嘉琳ちゃんよー」

「だって自分の願いを叶えたら成仏してしまうんだよ!?」

「何を10年以上前の懐かしい話を引用してるのさ。時効にしてあげなよ」


 小川は自分のことを棚に上げて、調停人を気取っている。


「10年以上前の映画に踊らされてるやつに言われたくないわ!」

「でもっ、ひとりひとり願いを叶えて、それで夢から醒めることができるなら、ロマンチックではありますよね」


 紅茶趣味といい、真朱帆は少々夢見がちな少女のようだ。しかし、おとぎ話のようにそう上手く回ってくれるに越したことはない。


「そうね、私も無事に醒めたら、このことをジャンギル語で小説にしようかな」

「私も、この夢は願いを叶えるチャンスだって解釈が腑に落ちるなぁ。どう、嘉琳は」

「私に聞かれても……。フェスと私は現実改変されてないからねぇ。何だろう、夢」


 常葉は欲望そのものだったし、颯理もわかりやすい未練だ。真朱帆には恐らく大切な人が蘇り、もう一度会話できるという奇跡があって、小川はご本人が共感しているのでそうなんだろうし、時雨に関しても、妹という近しい存在は何らかの根源的な欲求に繋げやすい。腕を組んで考えていると、時雨が桜歌に話しかけた。


「そう言えば阿智原さんはどうなの?お父さんに会いたかったの?」

「確かに父親は尊敬しているけど、旅程を端折ってほしくはない。どこまでも自由な旅人であってほしい……から、私はその説に、今の段階で頷くことはできないかな」

「はいはい、私の夢は、生涯若々しい肉体を手に入れることです!」

「おっおう……、それは全人類の願いじゃないかな」

「でも時雨、つまり一朝一夕で達成されない願いもあるってことじゃない?」

「例えば、東京ドームと同じ大きさのプリンただし体積の半分はカラメルソースを完食するが夢だったとして、完食するには何日もかかるでしょ。そういうことよ」


 別に桜歌のその例えは要らなかった。


「とどのつまり、この夢からこの瞬間に醒めるのは不可能。時間を進めてみて、仮説が補強される出来事が起こるかどうかを、注意深く観察するに尽きるってわけか」

「さすが、物分かりがいいねっ、小川は」

「えっ、どうも、ありがとう」


 颯理に褒められて、小川はきっと顔を赤らめた。


「うんうん、小川はホタテぐらい天才だと思う」

「せめて二番煎じをするなら、もっと盛り上げてよ。そんなに目ついてないから」

「目がどうかしたの?」

「ホタテには目がいっぱいあるんだよ。って何解説させてんだ」


「まあ私たちは、やりたいことを見つけるところからかな」

「そうだ颯理、明日ライブやるんだって?一応練習しておかない?もしかしたら12弦ベースが席巻しているかもしれないから」

「いいじゃないですか、多様な音が奏でられて」

「そんな器用じゃないっす……」


 この場は解散することになったし、しゃもじ連合は解散しないことになった。

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