ガタリンピック
冷静に整理すると、この世界は夢であるとはそうとして、私が偏差値50ぐらいの世にありふれた高校に通い、そして双子の妹にべったり依存している。かなり現実とは違う様相を呈しているが、それでは嘉琳たちはどうなっているかが気になってくる。
スマホをさっと取り出し、そして気付く。高校が違うのなら、あの人たちと接点がないので、連絡先を知らないのでは?万が一もあるので確認すると、なぜか見慣れたメンバーの名前が並んでいた。夢だし、多少の矛盾もあると割り切って、なんか送ろうとしたら、先生が怒りに打ち震えながら近付いてきた。なるほど……。
「スマホ持ち込み禁止って散々言われてるのに。しかも授業中に使うなんて、いい度胸してるねぇ。はい、没収、よこしなさい」
「ははっ、これはそういう樹脂だぜっ。知らないの?先生を欺くために、スマホによく似た樹脂が出回ってるの」
「樹脂なら回収しても問題ないでしょ」
「確かに。時雨ちゃん、言い訳下手くそですねっ」
全クラスメイトが私に注目している。これが針のむしろか、心地良いけど落ち着かないし、これが無いとみんなと再会できる保証が消えるので、もう逃げるしかない。良かった~、妹と同じクラスじゃなくて。同じ教室にいたら今頃、全力で抑えに来ていただろうなぁ。
短距離走ならまあまあ速いので、無事に知らない高校の外に出られた。追っ手はいなさそうなので、たまに後ろを警戒しながら、ゆっくり歩いて呼吸を整える。とりあえず、嘉琳に電話してみるか。
「もしもーし、嘉琳ー?」
「あぁ、そうだけど、どうした?」
「どうした、ねぇ。色々言いたいことはあるけど……」
「今急いでるんだよっ!遅刻しそう、いやもう確定してるんだけど、息が上がってたほうが誠実だから」
「えぇ……。あっじゃあこれだけ聞かせて。どこに向かって走ってるの?白高?」
「うん、それ以外ある?」
「おい、私はゆきと同じ学校に飛ばされたが」
「それはご愁傷さまです……」
この不遇な扱いは私だけだと察した。嘉琳以外の面々も現実と同じで、今日も白高に通っていることだろう。せっかく整いだした呼吸を、またぐちゃぐちゃにした。
さて、本日二度目の登校である。もう追っ手の心配は皆無なので、そこの、少し小走りで誠意を見せようとしている生徒とは違い、堂々と悠々と駅から白高まで歩いた。
ところで他校の制服をまとっているが、いくら緩慢な校風と言えど、それは認められない気がした。だが突破口を無理に探すなら、さっき話した嘉琳は、全くよそよそしさを感じなかったので、他の人たちも同じ境遇にあるとすれば、顔パスで入れてもらえるかもしれない。例えば蒔希なら、私を迎え入れるなど造作もないことだろう。
「あの、その制服、白高のじゃないよね」
「先輩、確かにおっしゃったことに誤りはありませんが、私は身も心も白高に捧げております故」
「先輩?」
蒔希に校門で待っているよう連絡したら、その通りにはしてくれたのだが、夢と同化してしまって、こんなに可憐な私に覚えが無いらしい。ということは、こんなにやすやすと、素性の知れない人間の指示に従ったことになり、蒔希という人間は恐れるに足りないと確信した。
「もしかして、私をここに呼び出したのがあなた?」
「はい、そうですが」
「うーん……もしかして、シスコン姉妹の片割れ?」
その噂、他校にまで広がってたんだ……。現実の私はちっとも困らないが、蒔希が時雨を知らないことは結構困る。嘉琳を呼んできてもらうなどと思索を巡らせていると、校舎から常葉が、手を振りながら小走りで出てきた。
「あぁー!時雨さぁーん!」
「常葉先輩、は私を知ってるんですか!?」
「当たり前だよぉー。夢の中でもぉ、ずっと一緒だよっ」
「常葉、知り合いなの?」
「お言葉ですがぁ、わたくしめにとっては、蒔希様が彼女を存じ上げないというのが、一驚を喫することでありますぅ」
「どこかでお会いしたことがあったか……。思い出せそうにないな。常葉、敵対勢力ではないんだよね」
「はい、人畜無害で行尸走肉で外面似菩薩内心如夜叉ですよぉ」
「あの、うちの常葉に何をしてくれたんですか?」
蒔希はそれを聞いて、さっと片手を常葉の前に広げた。常葉の私に対する評価が散々なのはともかく、普段あまりお目にかかれない蒔希のこわばった表情に、この蒔希は現実の蒔希の記憶すら引き継いでいないと確証を得た。これは常葉に事情を伝えても、やり方によっては、除夜の鐘に使うような大きな梵鐘を被せ、閉じ込めてくるかもしれないので、言葉に迷った。
「ところでぇー。どうして時雨さんは、他校の制服を着てるのぉ?」
「えっと、これには深いわけが……。そう、汚しちゃったんですよ、昨日のガタリンピックで。だからガタリンピックで風邪を引いた妹の制服を借りました。双子だからサイズ一緒だし」
「なるほどぉー」
「というわけで、入れてもらえませんか……?」
天をも穿つ険相の無垢な蒔希に、ゆっくり視線を向けてみる。
「蒔希様、そういうことらしいので、入れてあげましょう……」
「生徒手帳は?」
「はっ?おくすり手帳しか持ってません。わっ忘れました」
「忘れたのなら仕方ないねぇー。でも、最終的な判断はぁ、生徒会長である蒔希様に委ねられておりますぅ」
「わかった、常葉がそう言うなら、どうぞ」
瞬時に的確な判断を下せる蒔希が、これだけ結論を出すのに時間をかけるなんて、性格変わりすぎだろとツッコミを入れたいところだが、まずは胸をなでおろすことにしよう。
白高に入れた嬉しさで、いつものように自分の教室に向かっていた。これは来年度、一度はやらかしそうだな……。じゃなくて、こっそり覗いてみると、自分の席が空いているのに気付く。だがこれは自分自身が仕掛けた罠、どうせ別人が用意されているのだろうと高を括っていたら、全然そんなことはなかった。私の視線に先生も生徒も勘付いて、何の苦労もなく授業に合流できてしまった。