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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第5話:文化祭事変
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大番狂わせ

 体育館に行くと、ちょうど王冠泥棒を仕掛ける怪盗チェレクラがいた。最後らしく、天井から吊るされたロープでひとっ飛びのアクションシーン。演劇部の劇で、怪盗役として飛び入り参加し、ステージ上の王女様役から王冠を奪おうとするも、なんと途中で切れて落下した。騒ぎになるかと思いきや、体育館のど真ん中にエアクッションが用意されていたので、みんなそれよりもステージに注目する。


「いやー、縄に小細工しておいたのさ」

「チェレクラさん、客寄せご苦労様」

「まあこれはほぼ演劇部のおかげ……」

「ここは台本通り、チェレクラさんのおかげにしておきましょうよー」

「というわけで、どうもー、爆弾魔の計画犯コンビでーす」


 すっかり演者は撤収し、気が付けば素性の知れぬ男二人による漫才が始まった。サンパチマイクもいつの間にか二人の前に佇んでいる。私たちはギャラリーからその様子を見ていた。


「まああの、在校生以外には全く縁遠い話しなので、帰ってもらっていいですよ」

「ダメですよ!この後、軽音のライブあるんですから」

「じゃあトイレに行くなら、今のうちということで」


「時雨、これは何」

「なんで私に聞いた……」

「あっでも、何が何だかわからず、孤立無援四面楚歌絶体絶命のチェレクラは面白いかも。って、うちのクラスの実行委員じゃん。何させられてるんだ、かわいそうに」

「まあ、トイレに行ってこようかな。お勧めされたし」


 時雨がトイレに向かおうとすると、状況が一変した。時雨も足を止めて、再びステージのほうに着目した。


「ここに生徒会長を捕縛したものを用意しております」

「……蒔希!さっちゃんが、さっちゃんが私にっ、酷いことをぉっ」

「あの会長、一応僕たちが捕まえたって設定なんで、そういうことにしてくれませんか?」

「あっ、そう、そうらしいよ!」


 これまでの予定調和茶番だったら、ここで常葉の叫びに応じて、蒔希がとんでもない所から颯爽と取り返しにくるのだろうが、というかそう期待していたのだが、ただ体育館が静まり返るだけであった。一連の爆弾事件は、我々の行動を完全に掌握していたというのに、なんか違和感がある。


「あのー、生徒会副会長さーん、会長がどうなってもいいんですかー」

「えぇ……、なんで最後の最後に読みが外れるかなぁ」

「先に事情説明するか。えー、我々はミステリーサークルを作ろうと画策していたのですが、生徒会に却下されまして。学校中を巻き込んだ爆弾探しで、皆様に謎を解く楽しさを理解していただき、民衆を味方につけようとしたまでであります」

「無論、実際に爆発する爆弾は仕掛けてません。そんなことしたら捕まりますので」

「そんなわけで、実質的に生徒会の全権を握る副会長、出てきてくださーい」


 そんな高貴な理念があったらしいがそれはそうと、蒔希がいつになっても現れない。ライブ前だから、近くにいるような気がするが、意図的に関わらないようにしているのだろうか。まあ、見るからに面倒な連中だもんなぁ……。


「蒔希ぃ……どうして……」


 遠目で分かりにくいが、ついに常葉が涙ぐんでしまった。それで、観客にいる生徒たちがざわつき始める。漫才師二人も、腕を組んで熟考してしまった。完全に想定外なのだろう。


 なんだ、彼らは蒔希の仇敵なのか?だとしたら、常葉をさっさと救出しに来るか……。何か罠が仕掛けられていて、迂闊に近付けないとか?でもこの人たち、犯罪者になるのを普通に恐れてそうだしなぁ……。


「私、放送で先輩を呼び出してくるっ」

「はっ、はぁ?待て時雨!」


 時雨は放送室に駆け込んだ。何となく追いかけてしまったが、お互い息が上がってしまった。


「おい……手を挙げろ……、ここは、私たちが使う……はぁ」

「あ、放送したいことがあるならどうぞ、お気になさらずー」

「あっ、どうもありがとう」


「ぅおい先輩!」


 マイクに向かって、時雨は唸り散らかした。ハウリングで聞いている人の鼓膜が破れそうになる。もちろん、自分も被害を受けるので、少し大人しくなった。


「先輩?えっと、何してるんですか!」

「うーん、時雨っち?マジかー、こう来るか……」


 蒔希が別のところから全校放送に自分の声を乗せた。


「常葉先輩が、なんか気色悪い人たちに囚われてるの、もしかしなくても気付いてるよね」

「気色悪い人たち……、俺ら、そんなボコボコに言われるような容姿をしている……?」

「まあ、世間一般から見たら、オタクっぽいよね」

「はぁー、時雨っちも、ちょっと抜けてるところあるのね。ライブ前なんだから、体育館にいるに決まってるでしょ」

「じゃあなんで……」

「野暮なこと聞こうとするねぇ。これは全校放送だからね?私情を垂れ流す場じゃないんですー。はいはいそれで?爆弾魔さんたちは、何をご所望してらっしゃるの?」

「えーっと、さっき言った通り、新しい部活を作らせてください。顧問はすでに用意してるので」

「懲りないねー。まあこの校則が制定された理由、最近知ってどうでもいいなってなったから、副会長の私は許可しますよっ。それで?そっちの台本の私は何をするの?」

「一応、この学校にはM198榴弾砲があると聞いていたから、それで体育館に突入してくれるかと」

「あんな大きい物、どうやって非力な少女一人で持ってくればいいのよ!」


 それより榴弾砲が、何の変哲もない街中の高等学校にあるという事実が耳に入り、混乱してしまった。


「うーん、榴弾砲があれば、街をめちゃくちゃにできるな……」

「ここまでいい流れだったじゃん!?」


「まあ、部活作っていいらしいので、生徒会長は解放します。すいませんね、ご迷惑をお掛けして」

「蒔希ぃ……」

「先輩、謝るなり、なんか食べ物で釣るなり、ちゃんとしてくださ……してよね!」

「はいはい、常葉ー、早く上手に来てー」


 こうして一連の爆弾魔事件は、ひどく緩慢で粗放に、かつ平和的に解決した。まあ、楽しかったと言えば楽しかったが、無くても別の楽しみ方をしていただけだろう。


「時雨、もしかして仕事終わった気になってる?」

「え?もう文化祭終わりでしょ。あー、人気投票があるんだっけ。うちのクラス何位かなー、大した順位じゃなさそー」

「恥ずかしかったの?」

「あったりまえじゃん、ねぇちょっと嘉琳揺らして和らげるねっ」


 全然和らがなかった。

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