大番狂わせ
体育館に行くと、ちょうど王冠泥棒を仕掛ける怪盗チェレクラがいた。最後らしく、天井から吊るされたロープでひとっ飛びのアクションシーン。演劇部の劇で、怪盗役として飛び入り参加し、ステージ上の王女様役から王冠を奪おうとするも、なんと途中で切れて落下した。騒ぎになるかと思いきや、体育館のど真ん中にエアクッションが用意されていたので、みんなそれよりもステージに注目する。
「いやー、縄に小細工しておいたのさ」
「チェレクラさん、客寄せご苦労様」
「まあこれはほぼ演劇部のおかげ……」
「ここは台本通り、チェレクラさんのおかげにしておきましょうよー」
「というわけで、どうもー、爆弾魔の計画犯コンビでーす」
すっかり演者は撤収し、気が付けば素性の知れぬ男二人による漫才が始まった。サンパチマイクもいつの間にか二人の前に佇んでいる。私たちはギャラリーからその様子を見ていた。
「まああの、在校生以外には全く縁遠い話しなので、帰ってもらっていいですよ」
「ダメですよ!この後、軽音のライブあるんですから」
「じゃあトイレに行くなら、今のうちということで」
「時雨、これは何」
「なんで私に聞いた……」
「あっでも、何が何だかわからず、孤立無援四面楚歌絶体絶命のチェレクラは面白いかも。って、うちのクラスの実行委員じゃん。何させられてるんだ、かわいそうに」
「まあ、トイレに行ってこようかな。お勧めされたし」
時雨がトイレに向かおうとすると、状況が一変した。時雨も足を止めて、再びステージのほうに着目した。
「ここに生徒会長を捕縛したものを用意しております」
「……蒔希!さっちゃんが、さっちゃんが私にっ、酷いことをぉっ」
「あの会長、一応僕たちが捕まえたって設定なんで、そういうことにしてくれませんか?」
「あっ、そう、そうらしいよ!」
これまでの予定調和茶番だったら、ここで常葉の叫びに応じて、蒔希がとんでもない所から颯爽と取り返しにくるのだろうが、というかそう期待していたのだが、ただ体育館が静まり返るだけであった。一連の爆弾事件は、我々の行動を完全に掌握していたというのに、なんか違和感がある。
「あのー、生徒会副会長さーん、会長がどうなってもいいんですかー」
「えぇ……、なんで最後の最後に読みが外れるかなぁ」
「先に事情説明するか。えー、我々はミステリーサークルを作ろうと画策していたのですが、生徒会に却下されまして。学校中を巻き込んだ爆弾探しで、皆様に謎を解く楽しさを理解していただき、民衆を味方につけようとしたまでであります」
「無論、実際に爆発する爆弾は仕掛けてません。そんなことしたら捕まりますので」
「そんなわけで、実質的に生徒会の全権を握る副会長、出てきてくださーい」
そんな高貴な理念があったらしいがそれはそうと、蒔希がいつになっても現れない。ライブ前だから、近くにいるような気がするが、意図的に関わらないようにしているのだろうか。まあ、見るからに面倒な連中だもんなぁ……。
「蒔希ぃ……どうして……」
遠目で分かりにくいが、ついに常葉が涙ぐんでしまった。それで、観客にいる生徒たちがざわつき始める。漫才師二人も、腕を組んで熟考してしまった。完全に想定外なのだろう。
なんだ、彼らは蒔希の仇敵なのか?だとしたら、常葉をさっさと救出しに来るか……。何か罠が仕掛けられていて、迂闊に近付けないとか?でもこの人たち、犯罪者になるのを普通に恐れてそうだしなぁ……。
「私、放送で先輩を呼び出してくるっ」
「はっ、はぁ?待て時雨!」
時雨は放送室に駆け込んだ。何となく追いかけてしまったが、お互い息が上がってしまった。
「おい……手を挙げろ……、ここは、私たちが使う……はぁ」
「あ、放送したいことがあるならどうぞ、お気になさらずー」
「あっ、どうもありがとう」
「ぅおい先輩!」
マイクに向かって、時雨は唸り散らかした。ハウリングで聞いている人の鼓膜が破れそうになる。もちろん、自分も被害を受けるので、少し大人しくなった。
「先輩?えっと、何してるんですか!」
「うーん、時雨っち?マジかー、こう来るか……」
蒔希が別のところから全校放送に自分の声を乗せた。
「常葉先輩が、なんか気色悪い人たちに囚われてるの、もしかしなくても気付いてるよね」
「気色悪い人たち……、俺ら、そんなボコボコに言われるような容姿をしている……?」
「まあ、世間一般から見たら、オタクっぽいよね」
「はぁー、時雨っちも、ちょっと抜けてるところあるのね。ライブ前なんだから、体育館にいるに決まってるでしょ」
「じゃあなんで……」
「野暮なこと聞こうとするねぇ。これは全校放送だからね?私情を垂れ流す場じゃないんですー。はいはいそれで?爆弾魔さんたちは、何をご所望してらっしゃるの?」
「えーっと、さっき言った通り、新しい部活を作らせてください。顧問はすでに用意してるので」
「懲りないねー。まあこの校則が制定された理由、最近知ってどうでもいいなってなったから、副会長の私は許可しますよっ。それで?そっちの台本の私は何をするの?」
「一応、この学校にはM198榴弾砲があると聞いていたから、それで体育館に突入してくれるかと」
「あんな大きい物、どうやって非力な少女一人で持ってくればいいのよ!」
それより榴弾砲が、何の変哲もない街中の高等学校にあるという事実が耳に入り、混乱してしまった。
「うーん、榴弾砲があれば、街をめちゃくちゃにできるな……」
「ここまでいい流れだったじゃん!?」
「まあ、部活作っていいらしいので、生徒会長は解放します。すいませんね、ご迷惑をお掛けして」
「蒔希ぃ……」
「先輩、謝るなり、なんか食べ物で釣るなり、ちゃんとしてくださ……してよね!」
「はいはい、常葉ー、早く上手に来てー」
こうして一連の爆弾魔事件は、ひどく緩慢で粗放に、かつ平和的に解決した。まあ、楽しかったと言えば楽しかったが、無くても別の楽しみ方をしていただけだろう。
「時雨、もしかして仕事終わった気になってる?」
「え?もう文化祭終わりでしょ。あー、人気投票があるんだっけ。うちのクラス何位かなー、大した順位じゃなさそー」
「恥ずかしかったの?」
「あったりまえじゃん、ねぇちょっと嘉琳揺らして和らげるねっ」
全然和らがなかった。
 




