最後の謎
爆弾のアルミフレームにはそれぞれ小さく、神の御名か無機質な番号が刻まれていた。これまた大変ありがたい、爆弾魔さんからのヒントである。
「木星本体と木星の衛星だね。つまり爆弾の総数は96個、なはず。えっ、最近新しい衛星が発見されたみたいなニュース無いよね!?」
「ってことは、あと4つ……。実質終わったようなものでしょ!やったぁー、天才ちゃん、やったよ!」
「これ、ぼくたち死ぬんじゃない?主にこいつのせいで」
生徒会室の外で成が、渋々何度も雑にハイタッチしていた。
しかしここ1時間、報告はばったり途絶え、しかもはくさいラストスパートに向けて動き始めてしまったので、爆弾は明らかにトレンドではない。しかし爆発オチは、気軽にオチを作れるが、火曜日から困ってしまうので、何とか阻止しなければならない。
ところで、軽音のライブも迫っているというのに、この時雨と蒔希は普通に謎解きに熱中していた。
「やっぱり、天才だよぉーっ、私が認めた後輩だけあるぅー」
「わしゃわしゃ一回、1000兆スタンフォードです」
「ほへぇっ?ハイパーインフレ起こしてるじゃない、私の通貨」
「まだやってたんだ、それ」
「これは違うよ。爆弾魔からのメッセージじゃないかな」
時雨はどうやら、チェレクラの謎解きのためにで張り出された紙に、裏側があることに気が付いたらしい。裏写りしないぐらい厚い紙だったから、裏の存在を疑ってみたら、その予想は当たった。しかしそれを掲示板で共有したところ、チェレクラというより、中の人が冷静に明確に、裏側は謎解きに関係ないと言い切った。この放送自体は私も聞いていたが、そういうことだったのか。
紙の裏側には、半円状に〇が、意味ありげに間隔をあけて並んでいる。片っ端から剥がした結果、θ=π/2, 2π/3, πの計三つの〇、θ=π/3, π/2, 2π/3の計三つの〇、θ=π/4, π/3の計二つの〇、θ=π/3, π/2, 2π/3, πの計四つの〇とπ/4に×が書かれた4種類があることがわかっている。
「陽菜、新しい爆弾のありかよ」
「どれどれ、わかんないっ」
陽菜はあっさり成と芽生に譲った。
「うへぇ、ガチの謎解きじゃん。集合知に任せようよー」
「解けたら気持ちいいよ。往々にして、先を越されるんだけどねぇ」
時雨はライブする前から疲労した様子で、椅子の背もたれに体重をかけた。そりゃあ、集合知と二日間殴り合い続けたらそうなるだろうに……。
「成、頭を柔らかーくするのよ。あと、思い付いたことは何でも言うの」
「芽生までぼくを頼るなぁっ」
「なんか線でも引いたら見えてこない?未来とか」
「ん、手を当てたら、いい感じかも……?意味あるか?」
「でも、〇か×があるのって、全部で5か所しか無いもんね。じゃあこれは指を表してると仮定するか」
成は紙に右手を当てて、それっぽい仮説を提示した。自信が出たのか調子に乗ったのか、成はその紙を何度も上から下まで見返した。
「そう言えば、ゆがけって親指、人差し指、中指の3つを保護するようにできてるんだよね。だから三掛なわけだけど」
「ということは?ということは……」
「人差し指、中指、薬指の手袋なんてあるの?バスケでも使わないよー」
「アーチェリーってそうじゃなかったっけ」
一気に芽生が二つの謎を解き明かした。やはり、謎解きなんて進む時は一瞬、進まない時はお前には無理ということ、一問一答問題と同じなのだ。しかし、謎はまだ二つ残っている。
「×ってことは小指が無い……とか」
「カタギになったってこと?」
「そんな人、この学校にいない……うん、いない!」
「自信持ってよ、先輩!」
「とりあえず、弓道室にでも行って、爆弾探してくる」
「確かに、爆弾を解除するまで、気を抜くわけにはいかないもんね。ついてくよー」
「それなら私は、アーチェリーのほうを探そうかな。うちのクラスにアーチェリーやってる子がいたんだよね。あんまり仲良くないけど……」
と、3人は各々の道を歩み始めた。さて、残された我々はどうしようか。何か解決してほしいので、時雨のほうに体を向けた。
「スーパーノヴァぶつけられたくなかったら、正解を導き出せ」
「えぇー、無理だよ。薬指と小指だけを保護するサムシングなんて知らないー」
「二人とも、こっちはマスコットのはくさいの手だと思うんだけど、どう?」
「んー、4本指ってこと?」
「そうそう、アメリカ育ち千葉暮らしのネズミさんと一緒」
「えっ、あれってそこまで寄せてたんだ……。美術部に行けば、きっといいデザインが返ってきただろうに、どうして使い古されたパチモンにしちゃったんですか?」
「嘉琳ちゃん、いいデザインには、それなりの対価が必要なの」
「スタンフォードで支払っちゃえば良かったんじゃない?」
「スタンフォードの信用を落とすようなことをしないでよ!」
通貨の信用はそうやって決まってるわけじゃない。それはそうと、まずははくさいを尋問の挙句ざく切りしに、時雨と生徒会室を出た。
「すとーっぷ」
「どうしたの?」
「そう言えば、来たかったんだったよー。美術部の絵画展ー」
「そうなの?」
「ほら、きゃあーっ、かわいい、かわいい……」
時雨は美術室の前で足を止めた。美術部と言っても、この学校の美術部はほぼサブカルに浸食されており、狂気の9月みたいな美少女イラストが、ずらずら並んでいる。私が制止する間もなく、時雨は奥深くに引き込まれていった。仕方ないから、寄り道に付き合ってあげるか……。
それにしても時雨は、風になびかれながら煙草を片手で挟んでいるお姉さんが好みなのかと思ったら、角立 琥珀に浮気したり、蔦が絡んで崩れ落ちたポストアポカリプスの中で、何かを愛おしそうに見つめるロリに食いついたり、まあ楽しそうで何よりかな。
「この絵、なんか見覚えがある……」
「そうなの?ネットに上げてるとか?」
「うん、作者さん居たりしないかな……」
時雨は自作の漫画などが売りさばかれるカウンターのほうへ、足早に向かっていった。トーンが控えめなだけに、止めるのは気が引ける。私も後ろから付いていった。
「すいませんっ、あの絵の作者さんって誰ですか!」
時雨は指先まで力を入れて、例の光彩陸離の美少女イラストを指さした。
「あれは私が……」
「あーっ、今、今着けてるやつ、これでしょ、こんなものあるんだ!」
「うわぁーーーーっ、すっごい私の琴線を引きちぎってきて、最高です!ところで、ネットに絵を上げてたりしませんか!?」
「えっと、まあ……そんな有名人じゃないです……けど」
「もしかしてあの……!」
「その辺にしとけって」
私の歓声は時雨に掻き消された。なので、常識人ぶって仕返ししておく。相手が応対に困っていることにして、私は前のめりになっている時雨の頭を掴んだ。
「んー、でも推しにお手数お掛けするわけにはいかないもんね……」
誰かが雨乞いをしたのか、時雨はやけに大人しくなった。それはそうと、薬指と小指だけの手袋をはめた人がここにいるとなると、ここにも爆弾があるのだろうか。
「時雨、これは例のヒントのやつと言って差し支えないよね」
「これって、何のために着けてるんですか?」
「このグローブは、こう、液タブと擦れる場所を保護するものですよ。摩擦がいい感じになって、筆も運びやすくなるんです」
凄腕絵師さんは、手元の液タブで実演して見せた。何百枚というレイヤーが、脇に並んでいる。文化祭中なのに絵を描いているなんて、相当魅入られてるんだなぁ。
「なるほどー、知らなかった……」
「あの、準備室のほうって、入ってもいいですか。私たち、生徒会から業務を委託されてまして」
「何その悪徳業者みたいな文句」
「でもだいたいそうでしょ」
「ごめんなさい、私、実はこの部の人間じゃないので……」
「そうなんですか?こんなに絵が上手いのに」
「絵が上手いから、看板娘になってくれって言われて。文化祭って運動部はすることないし、まあそこの画集で結構儲かりましたからねっ」
凄腕絵師は、ぽつねんと置かれた値札を見て、笑いが自然と浮かんできてしまっていた。ぜひそのお金で美味しいものをたらふく食べてほしい。
それはそうと他の人に聞いたら、準備室のガサ入れ許可はあっさり下りた。いや、ガサ入れなら許可を貰わなくてもいいのか……?とにかく、今の今まで見つからなかった爆弾なので、心して掛かろうと思ったら、すぐそこの空き段ボールの中に入っていた。これまでどうして見つからなかったんだ、と言いたくなったが、普通の文化祭に爆弾は要らないわけで、彼らを責めるのはお門違いだ。
あっけなく爆弾を回収・解除できたので、もっと時雨にも場を盛り上げてほしいのだが、なんかメニュー名と実際に出てきた代物が乖離しているという、給食あるあるを食らったような顔をしている。
「あの人の画集、欲しかった……欲しかったぁっ!」
「まあまあ、そこまで落ち込むこと?」
私のつき立てとろける柔らか耳たぶを、この令和のイシュタルは躊躇いなく爪を立てて引っ張った。
「やりすぎた」
「いてててて……、やりすぎたって言いながら引っ張るな!」
「どうせ委託販売とか無いんだろうなぁ……」
「すごい気に入りよう……。熱がこもってるなぁ、バンドよりも全然」
「あれなの、インターネット始めたての私が、あまりにも良すぎて、同人誌まで買ってしまったという思い出がある絵師さんがいてね。その人の絵柄にあまりにも似てたから……」
「ほーん」
「ほーんじゃないよ!別にR18なやつじゃなかったけどさっ、当時中1で友達に絶対言えない、親にもバレたらどうしようって、もうとにかく大変だったんだよ。結局、親にはバレて、次からクレカ使えるようになったけど」
いい親じゃねーか。
爆弾を抱えながら次に向かうは、キュートでラディカル、アディクティブなマスコットはくさいの元である。段ボールごと持ってくれば良かった。一般参加の人から奇怪な目で見られる。
さて、一般参加の人が続々と帰宅していく中、はくさいは銀杏の木の下で、それをただ見守るばかりであった。2日間お疲れ様と言いたくなっていた私と対照的に、時雨ははくさいを恫喝しに直進した。着ぐるみにいたずらしちゃうガキかな。
「おい、どこに爆弾を隠していやがる、このチンチラネズミ!」
「僕、チンチラネズミじゃないよ!はくさいの妖精だよ!」
「おーん、私は時雨の妖精だが?やるかー、妖精大戦争」
「おっ、ずーるーいー、私も何かの妖精になりたいー」
「下がってな、戦場に女子供お年寄り民間人を入れるわけにはいかないぜっ」
「いや、時雨も女だし子供だしお年寄りだし民間人だろ」
1/4はジョークとして、マスコットキャラクターはくさいに、直接的かつ恭しく爆弾のありかを尋ねた。彼は2日間喉を酷使したせいで、もはや地声もままならなくなっていた。さすがにかわいそうなので、黎夢にのど飴を恵むよう連絡を入れておいた。彼女なら持ってる、ブレザーの内側に。
「うーん、爆弾?そんなもの、帝国自由都市マイハマには存在しないよ」
なお、キャラクターの設定は維持するつもりらしい。中の人、祭りが終わった後も抜けきらなくて、友達との会話で思わず……の前に、喉がガラガラでまともに人と話せないか。
「証拠は上がってんだー」
「あんまり上がってないけどね」
「本当だ、信じてくれ、マイハマには嘘もないんだ」
「つまりオフィシャルホテルのテレビは正夢しか映らないってこと?嫌だなぁ」
「ねぇ、このファスナーは何?」
時雨ははくさいの耳に着目した。確かにファスナーはあるが、瞬間接着剤で固定されている。時雨ははくさいの耳を揺さぶった。
「開けられなくない?」
「うん、なんか中に入ってる。間違いないよ」
「ただの瞬間接着剤なら、熱湯をかければいけるかなぁ」
「よーし、お湯を沸かして、こやつにぶっかけてやろう!」
「なんで嬉しそうなの!?」
はくさいの切実な叫びは、まあ我慢してもらうとして、私たちは生徒会室に戻り、電気ケトルでお湯を沸かした。そして沸いたら、なるべく冷めないように全力で校内を駆ける!たぶん、ここまでする必要はない。
「ほっ、本当にやっていいの……?」
「何躊躇してんの!せっかく走ったのに、貸して!」
「マイハマにも中の人はいるよ!」
とは言っても、中の人が全身やけどを負われたら責任取れない。私は指と指の隙間から、時雨が熱湯をはくさいにかけるのを、戦慄しながら少し離れて見ていた。
「かけた、かけた!?」
「うん、熱くないでしょ」
「まあ、それは」
「先輩が、たかが摂氏100℃で中の人がやけどするような着ぐるみを、用意するわけないでしょ」
「おぉーっ、やっぱり生徒会長はすごいっす……すごい!じゃなくて、ウォルト・ディズニーのほうがすごいよ!」
何はともあれ、はくさいの耳から爆弾を回収することに成功した。ちょうど、芽生たちも2つの爆弾を回収できたらしい。これで爆弾魔が誠実な人間であれば、白高の歴史に新しい1ページが付け足される。まあ、今の今まで爆発してないのにここで爆発したら、私は絶対犯人を呪殺する。
「96個、しっかりこの部屋にあります。今火をつけたら大爆発します」
蒔希が改めて全部数えた。一応私たちも、この学校を茶番から救った救世主の端くれと自称して良いだろう。
「天才ちゃーん、うちら、やったよ、お手柄だよー!」
「1/96で調子に乗るなっ」
「成、こういうのは、先頭に立って引っ張ってくれる人も大切なのよ」
「そう、完璧に使命を果たしましたっ」
「そうだねー、3人も入れて、ミヤコワスレで宴を開きたいなぁ。ねぇ、颯理……っていない」
「そう言えば、もうすぐライブかー」
「何、他人事みたいに言ってるの……。時雨っちも出るんだから、はい、ここで茶をしばいてないで、行くよ」
「楽しみにしてまーす!」
蒔希は “linear algebra” と書かれた新品の帽子を被り、気合いを入れて時雨を引っ張り出し、浮足立っている陽菜の横を、私たちはすり抜けた。
「かりんー、颯理は平気かしらね。今頃お地蔵さんとして、街角で通行人から乞食してないかな」
「それはあり得ないと思うんですが」
「じゃあ、何になってると思う?」
「何になってる?それはもう、即身仏でしょ」
とりあえず、聞いたからには人を小馬鹿にしたような顔をするのをやめろ。