占いの重ねがけ
新校舎4階、1年生の教室が立ち並ぶエリアだが、クラス展示は3階までで行われるので、文化祭期間中は闃寂に包まれている。だがそれを逆手にとって、ひっそりとした雰囲気が大切な出展が、首を長くして物好きな客を待っている。
この辺りが495ゼミ室……あった、 血文字で “Requiem Tuba Mirum” と書かれた看板が目に入り確信する。その下には釘で留められた、意味ありげに魔法陣の描かれたお札や、古い絵画……この横顔は古代エジプトのかな。足元を見ると、某着せ替え人形が時系列順に並んでいた。時代の変遷を感じられるが、廊下の照明が落とされているので、絢爛な服装は全く映えず、気味の悪さだけが溢れている。一方、ゼミ室の中は照明がばっちりついていて、この漏れ出る光による陰陽が、余計に物悲しさを作り出していた。
他にも、頭蓋骨が椅子から転げ落ちるぐらい山積みにされていると聞いていたのだが、さすがに盛っていたか。どっちにしても、これは黒魔術を執行してくれそうな店構えだが、茶華道部の友人が言うには占い屋さんらしい。
占いときたら、もう、気にならないはずがない。バーナム効果だ、占いなんて誰でもできると馬鹿にされがちだけど、私はそんなことはない気がしている。あの妖しげな趣を、あなたは提供できますか?と問いただしたい。
恐る恐る中を覗くと、傷一つなく未来を見通せそうな水晶玉が目に入り、一安心する。しかし、そこに映る少女の顔は、ありがちな正体不明でミステリアスな佇まいの人ではなく、押せば秘密の二つや三つ、ぽろぽろ漏らしてしまいそうな、占いをするには説得力に欠ける子だった。
ここまで来て帰ったところで、友人に笑われるだけなので、淑女としての振る舞いを意識しながら入店した。
「うおあーっ、ぽよぽよ~、らっしゃいませぇー!」
どこか地雷系のテイストが混ざった容姿だったので、もっと尖ってて、態度が悪いかと思ったが、練乳を煮詰めたような声で迎え入れられた。それはそれで安心できない。とりあえず、言われるままに椅子に座り、占い師と対面した。
「占ってくれる……ですよね」
「もーちろん!このすいしょー玉が目に入らんかーっ」
「何を見られるんですか?」
「うーん、自分の顔?じゃなくてっ、未来行く末ユートピアが見えるのー!」
「わっわかりました……。それなら、私の未来を見てもらえますか?」
「かしこまりぃ~。あっ、顔を上げてくださいなのー」
私の顔しか映るはずのない水晶から顔を上げたら、占い師と目が合った。一瞬が無数の糸として垂れ下がるぐらい、限り無く引き延ばされるような、大けがとか病気にでもならない限り、起こり得ない感覚に干される。
「えっと、くもってるから……、禁欲の象徴めがねふきなのー!」
非日常的な感覚から戻ってきたところで、特に何かが起きたわけではなかった。占い師はどっからともなく眼鏡拭きを取り出し、水晶を磨き始めた、我が子のようにかわいがりながら。
「みーえーるーかーなっ?むむっ、おぉー!?あぁ……」
まるでスポーツ観戦をしているかのように、占い師ははしゃぎながら水晶と対話している。
「いいよ!すごい、あなたの未来は、希望にあふれてるのー!」
手を握られた。客より占い師のほうが喜んでいる。しかも情報量が皆無。
「そんな……良かったですか?」
「うんうん、れむはそう願ってるのー」
「えっと……、それなら、もっと良くするには何をしたらいいとか、わかったりしませんか?」
「タロット占いするー?」
「お願いします」
占い師はタロットカードをトランプみたいに切り始めた。あれ、そういうものだっけ、と疑念はいだいたが、その様子を見ているしかなかった。
占い師は切ったタロットカードの山から何枚かを取って、ババ抜きする時みたいに扇を作った。やっぱり何かがずれている。
「一枚取ってくださーい」
そう言われたので、おとなしく端から一枚取ってみる。吊るされた男の逆位置……私が占いを信じる理由が詰まっていた。そう、どの占いでも、私は悪い結果を引いてしまう。自分の置かれている状況は、どうしたって健康とは呼べないから、それを反映している占いは正しいと言うほかない。一方、占い師は年季の入った分厚い本を、こちらには中が見えないように開いて、熟読している。
「えぇー?吊るされた男、試練、復活、忍耐、苦労すると悟りが貰えます、なのー!」
「逆位置なんだけど……」
「ぎゃくいち?」
「上下逆さまってこと」
元から一掬の信頼が綺麗さっぱり無くなり、子供のお遊びに付き合っているような気分になってきた。
「うちはそぉーいうの、やってません!いいとこドリーがモリー……あっ、おーい、ちぃーーばにゃぁーーん!」
占い師は廊下を通りがかった知り合いに手を振った。まあ、振り向かれないどころか、忌み子に遭遇したかのように目隠しされながら、立ち去って行ったけど。
「ありがとうございました。わたくし、占いをやるといつもこう、凶ばかり出るので、試してみたかったんです」
「そこであきらめたらダメだよ、当たるまで八卦なのー!」
占い師は私を力強く引き止めた。
「きっと、吉をだしてくれるうらないもあるよー」
「そういうものでは……」
「お客さん、どうして占いはあきらめちゃうの?あきらめなければ、きっといい未来がまってる。このすいしょー玉もそうおっしゃってるのー」
「占いは事実です。事実はゆがみません」
「あぁー、このせかいに、かみなんていないよぉー?このせかいにはー、ね。だから事実なんて、かんたんにねじまがるのぉーっ!」
占い師はその頭が痺れるほど甘い声で、占いを小馬鹿にしたようなことを言った。文化祭とは言え、さすがにそんな人間が占い屋をやっているのは、少し不愉快だ。私は誕生日などの質問を振り切り、この部屋を後にしようとした。
「11月1日……どうして、どうしてこの人は323位にしたんだーっ」
「えっ、どうしてわたくしの誕生日を……?」
占い師の呟いた言葉に、扉近くで足を止めて振り返ってしまった。
「れむにもわかんないのー。だいじょぉぶ、あくようはしないからぁー」
「そうじゃなくて……どうして知ってるのかって、どこかで話したことなんて、無いですよね」
「今日が初対面にきまってるのー。あっ、ちがう、ようちえんがおんなじだったぁ」
ポンコツ冒涜占い師かと思っていたが、実は超能力が使える線が浮上して、このまま戻っていいものか、少し葛藤してしまう。しかし、この占い師にどんな超能力があろうと、これまでの言動から、まともに活用できるとは思えないので、もやもやを抱えつつも、さっさと部室に戻った。