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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第5話:文化祭事変
102/212

逆さ銀杏

 3年2組からはボーラが、2年6組からはディンギーが、1年5組からは返却レバーが、茶華道部からは黒色無双が、登山部からはホッグスヘッドが、生徒会室からは打根が盗まれた。共通点……そんなものあるかーっ。


「はぁ……、チェレクラはこんなものを盗んで楽しいの?」

「そもそもな話、なんでそんなものがそこにあるんだよ。場違いな物を片っ端から盗んでるんじゃね」

「んー……?」

「どうした、先輩」


 蒔希が足を止めて、階段横の張り紙群に顔を近付け、うなりだした。


「このシール、フルカラー校章だけど、なんでこんなものが……?」

「んあっ?生徒会の認可みたいなやつじゃないの?」

「それだったら、全部に貼ってあるでしょ。生徒会の認可はこっち、この無機質なやつ」


 蒔希は張り紙の下に、きちんとお辞儀して押されている烙印を指さした。


「上の階でも、同じシールを見かけたんだよね。さっきは愛校心があるなーって感心してたんだけど、同じシールが全く別の出し物の張り紙に貼ってあるとなると、チェレクラの関与を疑わざるを得ない」

「でも頭文字Iの大会から、何か盗まれてたっけ?」


 私は掲示板を開き、改めて被害報告を確認する。


「これから盗まれるとか?犯行予告なんじゃない!?」

「待って、この下に貼ってある2年6組は、被害受けてる……右上は茶華道部だ」

「つまりこのシールの周りが狙われるってことかな」


 他の階や場所も調べてみた。


「右上か左上か真下が狙われるで正解なのかな」

「そう言い切るにはサンプルが足りないけど、仮説として共有してみる」

「というか先輩、この三角形が矢印の役割を果たしてるのでは?」


 白高の校章は大きく分けて、二つの図柄から成っている。一つが翼を大きく広げた鷹、そしてもう一つがそれに重なるようにあしらわれた逆三角形、後はなんか適当にそれっぽい学校名の表記があったりする。


「おあーっ、なるほどー。やったじゃーん、私たち、お手柄だよ」


 蒔希は拳を誇示してきた。とっさに手で追い返そうとしていた。


「おーい時雨っち、私は拱手がしたかったわけじゃなぁーい。グータッチぐらい、どっかで目にしたことないの?」

「こんな人通りの多いところで、かわいい後輩殴って、先輩はそれで平気なんですか!ぞろぞろハエ……じゃなかった犬っころみたいに引っ付いてくる、先輩を慕ってくれる野生の生徒さんたちが悲しみますよ!」

「時雨っち、もう少し上品なこと言ってよ……」


 育ってきた環境が劣悪だったから口が悪くなってしまったのか、それとも他の人が言わないようなことを口走ったら、思いのほかグループ内でウケて、そういうキャラクターが定着してしまったのか。うん、前者だな。


 それはさておき、私たちは生徒会室に凱旋した。ここ数日で、生徒会室が一気に身近な場所になった気がする。生徒会室には颯理と常葉の姿はなく、爆弾が床に並べられているというのに、呑気にスマホをいじる嘉琳と、爆弾なのに顔を近付けて内部構造を見極めている幸薄そうな子がいた。


「嘉琳ちゃーん、常葉はー?」

「常葉先輩なら、どっか行きましたよ。和南城先輩がいなくて、暇だったんでしょう」


 嘉琳は配線がずたずたになった爆弾を見てそう言った。


「あ、先輩、私なんかに現を抜かしてるから」

「何、期待してもお望みの商品は、そこにもどこにもありません」


 そんなに怖い顔をしなくてもいいじゃないか。しかもそうは言いつつ、ぶつぶつ言いながら捜しに?行ってしまった。


「これって本物なのか?」

「割ってみたら?」

「えっ、器物損壊で捕まらない?」

「火薬が出てくることを祈るんだな。そしたら火薬類取締法違反で犯人も捕まるから」

「うへぇ、どうしよう。どっちか、すでに手が汚れてて、余罪を重ねるだけだったりしない?」

「余罪を重ねるだけってなんだ、放火に殺人が加わったらより刑が重くなるでしょ」

「100万人殺した猫が100万1人殺したところで、大して罪は変わらない。プロスペクト理論ってやつだよー」


 それを平然と言えてしまう時点で、この五味川 成という人間も、そのアホ毛のようにどこかはみ出している部分があるのだろう。


「まあ、106オーダーの数に比べたら、無視できる大きさだよなぁ」


 嘉琳は平常運転だ。むしろ私のように、成の育ちを心配していたら、この爆弾をまとめて起爆したいぐらいだ。


 私たちが爆弾を真っ二つにするのを躊躇っていると、常葉がすでにやってくれていたことに気が付いた。ダイナマイトの筒から零れ落ちていたのは、しょぼいネギや、金星二次元イラストみたいなチャーシュー、そういう洒落で手を打ったか。命の危険が減ったので、幻滅していた。


 いや、むしろ笑いが止まらない。犯人は大量のカップラーメンを買ってきて、かやくだけを集めて、筒の中に入れたのである。開けちゃったから、長期間放置するわけにもいかないし、麺だけを寂しくすすり続けなければならないのだ。小学生でも思い付くが、その実、健康を犠牲にしなければ成り立たない。


「あ、でもこっちは手持ち花火丸々入ってる」

「夏休みにやろうと思って買い込んだけど、結局やらずじまいで、在庫処分したかったんじゃない?」

「揖保乃糸とか入ってねーかな」

「草薙剣のほうが嬉しい」

「二人とも、ガチャだと思ってる?」

「だったらいいよねー。本当に爆薬が詰まってる個体があったりして」

「研究目的なら400 gまで所持していいんだっけ。うーん、チャンスか?」


 というわけで、今度はこの二人と爆弾を探しに行くことにした。


「偉大なる芽生先生によれば、この爆弾魔は怪盗チェレクラと関係してるとか何とか」

「それなら、さっきの謎を解く鍵は校章だったよ」


 と自分で言っておいてなんだが、さっきあれだけ間近で観察したのに、頭の中に浮かべられない。そして代わりに私の脳内を席巻しているのが、双頭の鷲である。


 と思ったら、ここは生徒会室なので、校章の一つや二つ飾ってある。一番目立つところには、体育祭なんかで持ち出す大きな校章の旗があった。コロンビアの国章みたいな感じで、逆三角形の上に鷹が翼を広げているやつだったかー、あれはコンドルだけど。


「白高って、鷹狩り部とかあったっけ」

「あったら熱いな」

「まあ、やってみたいよね。時雨で疑似的に体験してみようかな」

「人間の言いなりになんてならないっ」

「鷹狩りは金持ちの道楽だから。言うこと聞いてれば、一生遊んで暮らせるよ」

「なるほど、将来は鷹に就職するか」

「鷹狩りって何だっけ……」

「そもそも空飛べるのか?」

「それは、専門学校行ったら、できるようになるんじゃない?」

「人間辞めたいもここまで来たかぁ」


「ところで、この三角形部分にはどんなこじつけが?」

「日本の人口ピラミッドでしょ」

「確かに、嘉琳の言う通りだ」

「いやいや、これはきっと、現実のヒエラルキーを示してるんだよ。よく考えてごらん?根暗ド陰キャが、けうらなる陽の者より数が多かったら、社会が上手く回るわけがない」

「それは確かに、成さーんの言う通りだ。人口ピラミッドなわけないじゃーん。だってこれ校章だよ?ここ10年みたいなスパンで作り出されるものじゃないんだから、最近の世相を反映させられないでしょ」


 完璧な手の平返しにぐうの音も出ないだろうと、のけぞって息巻いた。こんなことをしているから、せっかく頭が切れるのに、いつまでも問題が解決しないんだけど、ここはいい感じに嘉琳が軌道修正してくれた。


「逆に考えるんだ。爆弾魔が謎解きの題材に選んだってことは、どこか特定の場所を指し示してる……とか」

「チェレクラの謎解きは、この三角形を矢印に見立てるってやつだった」

「じゃあ、この矢印が指してた場所を、徹底的に調べてみようか、それでいい?ずんどこ歩兵も」

「まあ……ずんどこ歩兵……?」


 成のほうが腑に落ちなさそうにしていたが、検証しないと何も仮説の範疇から抜け出せないので、チェレクラの被害に遭った、もしくはこれから遭う予定だった場所を巡った。結果は、もうすでに見つかっているか、特に見つからなかったのどちらかであった。そもそも、同様の仮説に基づき、検証している先人がいたらしい。うーん、悔しい。


「見落としてるって可能性もあるよね」

「まあ、あれだけの人数の目を掻い潜れる場所なんてそうそう無いよ」

「ぼくが思うに、爆弾魔はその、チェ・ゲバラの謎解きを、あくまでもヒントにしているに過ぎない……」


 私は目が点となった。この感性は嘉琳にも共有できているらしい。私たちは呼吸も鼓動も揃えた。


「ぼくっ子、実在したんだ!」

「チェ・ゲバラじゃない!チェレクラ……チェレクラってなんだ?」


 お互いの主張が衝突して砕け散る。空気読めと言わんばかりに、私たちは顔を見合わせた、結構長い時間。


「何やってるんですか……?」


 颯理は純粋なお気持ちで、私たちを憐れんでくれた。失意のまま生徒会室に戻り、颯理に事情を話した。


「さすがに、これでは私の説を立証できたとは言えないよね……」

「この三角形が何を意味してるか、知ってそうな人なら知ってますよ」


 と、颯理が紹介してくれたのは生徒会の担当教員、上野先生であった。もうよぼよぼしわくちゃ白髪、仙人が使っていそうなぐにゃぐにゃしている杖を突き、地域のことなら何でも知っていなければならないという風貌をしている。


「ずばり先生、これは何ですかっ」

「あぁ、これは逆さ銀杏。校門のところに植わってるやつ。普通の銀杏と違って、上に行くほど枝が広がって、天に根を張っているようだからそう呼ばれてる。確か、小澤さんのところが寄贈してくれたんだっけ」


 予想に反して声が若い。まあ、先生として教壇に立つ以上、わかりやすい授業が展開できないといけないのだが、いかんせんギャップが大きい。そこに気を取られて、全く内容が入ってこなかった。


「それで、日本で一番多い名字は小澤なんだけど、政府の陰謀で隠されてるんですね」

「パウリの排他律って、正解と時雨が共存できないってやつだっけ?」

「いいから銀杏の木を掘り起こしに行くぞ。もう、絶対そこにあるじゃん」

「どぅあしかにっ!来客はみんな正門から入ってくるから、銀杏の木の下に本命を埋めておけば、効率よく人を殺せる!」


 爆弾魔も馬鹿だな、この私にヒントを与えてしまうなんて。


「それを思いついた人が犯人なのでは?」

「それはそう」

「ちょっと、成さーんまで買われないでよ」

「ぼくの海馬でぐーたらしてるホムンクルスが叫んでるだけだけど」


 シャベル片手に、みんなで逆さ銀杏の根元を掘ると、簡単に見つかった。ありがたいことに、宝箱でカモフラージュされていて、掘り起こして持ち出す時に、爆弾らしい姿かたちを見られて、パニックを起こされるということは無かった。気の利く犯人だ、親の顔が見てみたい。

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